山女魚2010/05/05 12:54

当然と思うかもしれないが大抵の川で雌の山女魚が釣れる。 ところが昔は東北で釣れる山女魚は雄だけだった。 しかしこの話を関東以西の釣人にしても信じてもらえない。 東北と北海道の山女魚だけの話らしい。 その時代に雌の山女魚が釣れようものなら大騒ぎでホルマリン漬けにして保存した所もあるくらい珍しいことだった。 明治とか大正とか、あるいは戦前の話とかではない。 わずか20年少し前までの話である。

山女魚はその名前の通り山奥の魚のように思われるが実は海の魚でもある。 産卵は上流で行われるが、川に残るのは雄だけで雌は海に降ってサクラマスとなって数年後に生まれた川に戻ってくる。 だから釣人が渓流で釣ることが出来る山女魚はほとんどが雄ということになっていた。 今でも放流がされないで自然の状態のまま残っている東北の河川で釣れる山女魚は大部分が雄である。

キャッチアンドリリースをしているから雄雌がわからないと言うのは言い訳にしか過ぎない。 本当に山女魚を守るためキャッチアンドリリースをしているのなら注意深く山女魚を見れば雄雌の区別はつくし、ネイティブかワイルドかあるいは釣る目的で放流された成魚かはわかるのだから。

現在雌の山女魚が釣れるのは、放流の結果である。 あちこちの川にダムや堰堤が出来てサクラマスが上れなくなったので山女魚は激減した。 堰堤に魚道はあるが、ここを上れるのは鮎だけで、よほど水の状態が良くなければサクラマスは上れない。 しかも水道水や工業用水など水需要の増大で中流域の水量が昔に比べて少なくなっているから、魚道を流れる水が極端に少なくなって鮎さえも上りにくくなっている。 親は戻ってこれない、残っているのは雄ばかり、その結果絶滅への道を進むことになる。 戦前にダムが造られた川では以前は山女魚が釣れたが今は居ないと言う話を聞かされた。 ニジマスやブルック(カワマスとその川では呼んでいた。)を放流したがニジマスは自己繁殖出来ず、ブルックは在来の岩魚と混成し雑種不妊のため最終的に絶滅してしまうことが判明してから放流は中止された。 しかし昭和30年代に山女魚の人工孵化に成功したおかげで、あちこちの漁協が山女魚の稚魚を放流した結果、雌の山女魚が釣れることになった。

ただ放流に携わった漁協の関係者から聞いた話では地元の川の魚が親ではなく東京の多摩川水系の山女魚が親になっていると聞かされた。 東北地方のある水産試験場の研究では、日照時間を調整することで山女魚の稚魚が銀毛化するそうだから地元の山女魚を親にしては定着率が悪くなるのかもしれない。

この辺の詳しい事情は専門家にまかせて釣人の立場から見てみると、冬期間はダムで越冬しているらしい。 まだ雪代が出る前にはダムの中でヒットする。 その時に山女魚のままの姿をしているのと銀毛化したサクラマスらしいのとが釣れる。 海から上った魚であるはずはないし型もはるかに小さい。 上流に放流された山女魚の一部がダムの中で銀毛化したのか、それとも在来の山女魚が取り残されたものなのか・・。

途中にダムが無い川では冬期はかなり下流まで降りていて、仙台市内でも、かもめやうみねこの姿が時々見えるくらい下流で3月初めの頃に山女魚が釣れる。 雪代が出ると共に上流に上るが魚道の無い堰堤で魚止めになってしまう。 堰堤の上にも放流はされているが、解禁の頃から4月中頃まで釣れる山女魚に比べ5月下旬頃から釣れ始める育ちのよい山女魚は下流から上ったとしか思えない。

田んぼに水を取り入れるために造られた堰堤があると5月中旬頃から山女魚がよく釣れる場合が多い。 この堰堤はどちらかの端に水門があって、そこから用水堀を通って田んぼへと流れて行く。 田起こしが始まって畔造りが終わる頃には用水堀の落ち葉もきれいに取り除かれて堰堤から水が流れ出す。 今農家の9割位が兼業だそうで、それらの農家が田植えをする時期はまとまって休みがとれるゴールデンウィークに集中する。 数キロ間隔で造られた堰堤から一斉に水が分流し田植えの終わった田んぼに流れ込むから本流の水は少なくなる。 この時期に川へ出かけてみたら、水温も適正、かげろうも飛んでいる、天気も最高の状態でありながらフライへの反応がまるで悪いことに出くわすのは取水のため水の状態が落ち着かないからである。

ゴールデンウィークが終わると田植えも終わるから、川の状態も落ち着いてようやくコンスタントに山女魚が釣れ始める。 この時期冷え込みがあって田植えが遅れると次の土日まで休みがとれないから1週間単位で釣りシーズンもずれることになる。

田植えが終わっても遅霜やヤマセから苗を守るため水管理をしなければならないから用水堀の水はそのまま流れ続ける。 田んぼに引き込む訳ではないから下流のどこかで本流に戻される。 そこを通って山女魚は上流に移動する。 5万分の1の地図はおろか1万分の1の地図にさえ載っていないもう一つの川が存在することになる。

貿易不均衡を和らげるため日本のお米の市場解放が行われた。 数年前のあの不作の年、緊急輸入のまずーい米の味を知っているからすぐに日本の米市場が輸入米で氾濫する心配はないだろうが、お米の大市場である日本向けに「EXPORT EDITION FOR JAPAN」の米が作られるのも時間の問題のような気がする。 その時、山女魚が上る用水堀がまだ残っているかは、わからない。

(釣り東北の別冊「チェイス」掲載)

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