DTとWF2010/05/05 12:55

フライラインにはWFと表示しているウェイトフォワードラインとDTと表示しているダブルテーパーラインがある。 この違いを説明している本は沢山あるが、ほとんどがラインの説明書の訳文程度でしかない。 DTラインは両側にテーパーがついているから裏返して使えるとかWFラインは遠投用だとかいわれているが、これではごく一部しか表現していないことになる。

石を投げると大きい石より小さい石のほうが遠くに飛ぶ。 これはスピードが早いからに他ならない。 投げ出す瞬間のスピードのことを初速と言う。 初速が同じなら石は大きくても小さくても同じ距離まで飛んで行く。 そして物が動くとエネルギーを持つ。 速度が同じなら大きい石のほうが、スピードが早ければ小さい石でもエネルギーは大きくなる。

車の免許の書き換え講習で、事故を起こした場合時速30キロより60キロで走っている車のほうが遥かに大きな事故になると説明を受けるが、これと同じことである。 ルアーフィッシングあるいは投げ釣りなどは錘が糸をひっぱって飛んで行く。 ところがフライラインが飛んで行く場合は少し様子が違う。 蛍の光が流れドラの音と共に出航する船のデッキから投げ出されるテープが飛ぶのと様子がよく似ている。 一端は固定されていて反対側がほどけて飛んで行く。 必要なだけの初速で投げれば初めは沢山巻いてあるテープが、だんだん少なくなり最後まで出し切ることができる。

フライラインの場合は一振り一振りがテープの場合と同じである。 短い距離では初速を押えて竿を振るし、少し初速を上げればラインを引き出しながら、ほどけるようにU字型のループを描いて延びて行く。 DTラインならこの動作を繰り返せばロッドの長さに見合った距離までキャストできる。 ところがWFラインの場合は少し様子が変わってくる。 先端から大体13ヤード位まではDTラインとほぼ同じであるが後はランニングラインと呼ばれる細いラインである。 したがってこれ以上ラインを出したければランニングラインの手前で初速を上げて残りのラインを引き出すようなキャストをしなければならない。 竿には長さ、材質等で決まる固有の振動周期があって、この周期に合わせて竿を振ることで小さな力で大きな反発力を出せる。 これを無視して思いっきり速く竿を振っても初速は上がるが、竿の周期にあっていないからかなりの腕力がいる。WFラインを楽にキャストするには竿の反発力を最大限に利用しながら初速を上げる方法が必要になる。

人が50キロで走っている電車の中を進行方向に10キロで走れば、結果的に人は60キロで走っていることになる。 これと同様に竿が振られている方向にラインのスピードを加えれば初速が上がる。 これがフォールである。 フォワードキャストとバックキャストにそれぞれフォールをかければダブルフォールになる。 だからWFラインでは13ヤード以上のキャストをする場合フォールは絶対必要になる。 そして正確なフォールが出来た時、結果的にループは狭くなる。 ループの出来始めとフォールのラインの引き終わりが正確に一致しないと初速を上げられない。 タイミングが合わず何度もフォールを繰り返して「ラインスピードを『加速』してキャストしなければ遠くに飛ばない」と言うのは勘違いもはなはだしい。 『加速』とはスタートしてから自分自身でスピードを上げる場合をいい、ちなみにロケットを打ち上げる場合の初速は「0」である。

DTラインとWFラインではロッドの設計が根本的に違う。 ところがロッドに表記してあるのは長さと番手だけで、DTかWFかの違いは明記されていない。

DTラインはテーパー部分が終われば後は一定の太さになるから距離が伸びるにしたがって重さが加わる。 ロッドはそれに耐えなければならないから太いバットが必要になる。 更に元ガイドの位置がDTライン用のロッドはWFライン用に造られたロッドに比べてグリップ寄りの場所に取り付けられている。 8フィートのロッドで20センチ以上も取り付け位置が違うし、バットの太さも表記している番手が同じであるにもかかわらず、一目で違いが判るほど差がある。 それぞれのロッドに違うラインをセットすると、DT用のロッドにWFラインをセットするとフォールをかけても充分な反発力が発揮出来ないから効果の程が出てこない。 WF用のロッドにDTラインをセットすると14ヤード位までは問題無いが、そこから先はロッドがラインの重量を支え切れなくなって腰抜け状態になる。 でも渓流でフライフィッシングをするならWF用のロッドにDTラインをセットしていても何ら問題は無いし万一ライントラブルがあった場合裏返して使うことを考えれば、それも一理ある。 理解して使っていれば何ら問題は無いが、初めてフライをやる人はラインを傷つける場合が多いので黙ってDTラインをセットされてしまうことが多々ある。 練習してある程度キャストが出来るようになった時WFラインに出会うと元々WF用に造られたロッドならフォールをかけなくても、そこそこラインが出て行く。 このことがWFラインは遠投用のラインと誤解される原因になる。

現在キャスティングに関する本は沢山出ているが、WFラインの説明が多くDTラインに関してはほとんど無い。 それも当然で今入手出来るロッドの大多数はWFライン用に設計されたロッドである。 DTライン用に製造されたロッドにDTラインをセットしている人は次の点に注意してほしい。 WFラインはランニングラインが出た状態では一度ラインをリトリーブしなければ次のプレゼンテーションが出来ないが、DTラインの場合は30ヤード近くラインが出ていてもバックキャストが可能である。 ロッドもそれに耐えられるように出来ている。 しかし表面張力で水面のラインは大きな力で押えられているから、いくらDT用に造られたロッドでもそのままピックアップすることは無理である。 そこでロールキャストでラインを浮き上げてからピックアップをするテクニックが必要になる。

広い川のやや流れが緩い場所で水面に波紋だけが出てジャンプを伴わない「リングオブライズ」に出会った時、水面ぎりぎりにラインのスピードを殺し切った状態で正確にフライをプレゼンテーション出来るDTラインは最適なラインである。 そして魚がフライを喰わえた瞬間、ラインの重さを利用してフッキングさせられるようになればDTラインを充分に使いこなせたことになる。

最近湖などで使う人が増えてきたツーハンドロッドは購入時にシューティング用かDTライン用かを確認しておかなければならない。 アメリカ製のロッドは、ほとんどがWFライン用であるが、ツーハンドではDTライン用のロッドがあるからである。 ただしシングルハンドロッドと違って、こちらにはスペイキャスト或いはスペイロッドとカタログか本体に明記してある。 ツーハンドロッドは40ヤードのDTラインを一振りでキャスト出来るダイナミックなロッドであるが、必ずロールキャストでピックアップをしないとバットを折損してしまう。

(「釣り東北」未掲載原稿)

3年がかりの大物2010/05/05 12:54

彼があの川に通い始めたのはフライを初めてから3シーズン目のことだった。 最初はあの川へ行く予定ではなかった。 山女魚が釣れていると情報を聞きつけすぐに行くつもりが、残業や休日出勤で3週間も経ってしまっていた。 その間に鮎の解禁日を迎え、目指した川のポイントには友釣りの竿が乱立していた。 上流へ逃げることも出来たが、なぜかその気にならず万一に備え出発前に地図で確認しておいたもう一つの川へ向かった。 決して大きな川ではないが、たまにイワナの大物が出るらしいとの情報はあった。 梅雨の最中なので水量は多かったが、それでも小さい川だった。 途中の橋のあたりから河原に降りポイントにフライを送り込むとすぐに15センチ程のイワナが出た。 草や葦が多い河原で釣りやすい川ではなかったが、300メートル程釣り上るとやや広い場所に出た。 向かい岸の淵はいかにも深そうな水色をしていた。  流心の際にフライを落とすつもりがミスキャストで淵の頭にフライが落ちてしまった。 すかさず小さな魚がライズした。 合わせる気はなかったが反射的に手が動きフッキングしてしまった。やれやれと思いながらラインを取り込み始めたその時、淵の中から大きな魚が現われフッキングしている魚にパクリと食いついた。 1月程前のことだが彼は生れて初めて尺イワナを釣っている。 しかし今、目の前にいるやつは遥かに大きかった。 夢中でラインを取り込んだがその先に魚の姿はなかった。

東北に住んでいるフライマンならみんな近所の川に得意のポイントを持っている。 30分以内で行けるから定刻通り会社が終わった日、あるいは遅番で午後から出勤する日など、ちょっと寄れば一つや二つ釣れる場所である。 彼があの大物に出会った場所は、2時間も高速を走り更に1時間と言う程遠い場所ではなかったが、気軽に行ける程近い川でもなかった。

それから彼のあの川へ行く回数が増えた。休み毎ではないが月に2回は通い始めた。 その年は梅雨が明けた途端に例年になく暑い日が続き、ただでさえ小さい川は河原一面葦原になって竿を出せなくなった。 次の年のシーズンが始まり5月の連休が終わるのを待って通い始めたが、この年も手応えはまるでなかった。 彼がフライを初めて5シーズン目の解禁を迎えた。 今年こそはと思いつつ月2回のペースで通い続けたが、あの大物に出会った鮎の解禁の季節を迎えても姿を見せなかった。 禁漁が近づいた頃2年前に比べればやたらと釣り場でフライマンに会うようになったと思いつつ又あの川へと向かった。 いつもの橋の所から川に降り大物に出会った広い淵まで釣り上ったが、出たのは小さなイワナが3匹だった。 今日は少し粘ろうかと思った頃カタログから抜け出たような連中が下から上がってきた。 彼の太めの竿と明らかにその連中より大きなフライを見て「釣れないでしょう」と声をかけてきた。 腹も減っていたし午後のライズが始まるには相当時間があるので「ええ」と瞹昧な返事をしてその場を立ち去ることにした。 おそらくその連中には田舎のレベルの低いフライマンとしか見えなかったかもしれない。 川の上で竿をしまいながら見ていたら、あの狭い川でダブルフォールをかけまくり、持て余し気味のロングリーダを草にからませ悪戦苦闘していた。 近くのドライブインで朝昼兼用のめしを食べ終わってから車の中で仮眠をとった。 3時頃に目を覚まし現場に戻った時にはだれもいなかった。

あの時と同じように小さな魚がフッキングしてそれに食いつくことは無いだろうからと8番のマドラミノーをリーダに結びポイントにキャストした。 昨日の雨のせいで濁りの入った水が、淵の所で少し薄くなったように感じた瞬間、スッとフライが見えなくなった。

(「釣り東北」未掲載原稿)

山女魚2010/05/05 12:54

当然と思うかもしれないが大抵の川で雌の山女魚が釣れる。 ところが昔は東北で釣れる山女魚は雄だけだった。 しかしこの話を関東以西の釣人にしても信じてもらえない。 東北と北海道の山女魚だけの話らしい。 その時代に雌の山女魚が釣れようものなら大騒ぎでホルマリン漬けにして保存した所もあるくらい珍しいことだった。 明治とか大正とか、あるいは戦前の話とかではない。 わずか20年少し前までの話である。

山女魚はその名前の通り山奥の魚のように思われるが実は海の魚でもある。 産卵は上流で行われるが、川に残るのは雄だけで雌は海に降ってサクラマスとなって数年後に生まれた川に戻ってくる。 だから釣人が渓流で釣ることが出来る山女魚はほとんどが雄ということになっていた。 今でも放流がされないで自然の状態のまま残っている東北の河川で釣れる山女魚は大部分が雄である。

キャッチアンドリリースをしているから雄雌がわからないと言うのは言い訳にしか過ぎない。 本当に山女魚を守るためキャッチアンドリリースをしているのなら注意深く山女魚を見れば雄雌の区別はつくし、ネイティブかワイルドかあるいは釣る目的で放流された成魚かはわかるのだから。

現在雌の山女魚が釣れるのは、放流の結果である。 あちこちの川にダムや堰堤が出来てサクラマスが上れなくなったので山女魚は激減した。 堰堤に魚道はあるが、ここを上れるのは鮎だけで、よほど水の状態が良くなければサクラマスは上れない。 しかも水道水や工業用水など水需要の増大で中流域の水量が昔に比べて少なくなっているから、魚道を流れる水が極端に少なくなって鮎さえも上りにくくなっている。 親は戻ってこれない、残っているのは雄ばかり、その結果絶滅への道を進むことになる。 戦前にダムが造られた川では以前は山女魚が釣れたが今は居ないと言う話を聞かされた。 ニジマスやブルック(カワマスとその川では呼んでいた。)を放流したがニジマスは自己繁殖出来ず、ブルックは在来の岩魚と混成し雑種不妊のため最終的に絶滅してしまうことが判明してから放流は中止された。 しかし昭和30年代に山女魚の人工孵化に成功したおかげで、あちこちの漁協が山女魚の稚魚を放流した結果、雌の山女魚が釣れることになった。

ただ放流に携わった漁協の関係者から聞いた話では地元の川の魚が親ではなく東京の多摩川水系の山女魚が親になっていると聞かされた。 東北地方のある水産試験場の研究では、日照時間を調整することで山女魚の稚魚が銀毛化するそうだから地元の山女魚を親にしては定着率が悪くなるのかもしれない。

この辺の詳しい事情は専門家にまかせて釣人の立場から見てみると、冬期間はダムで越冬しているらしい。 まだ雪代が出る前にはダムの中でヒットする。 その時に山女魚のままの姿をしているのと銀毛化したサクラマスらしいのとが釣れる。 海から上った魚であるはずはないし型もはるかに小さい。 上流に放流された山女魚の一部がダムの中で銀毛化したのか、それとも在来の山女魚が取り残されたものなのか・・。

途中にダムが無い川では冬期はかなり下流まで降りていて、仙台市内でも、かもめやうみねこの姿が時々見えるくらい下流で3月初めの頃に山女魚が釣れる。 雪代が出ると共に上流に上るが魚道の無い堰堤で魚止めになってしまう。 堰堤の上にも放流はされているが、解禁の頃から4月中頃まで釣れる山女魚に比べ5月下旬頃から釣れ始める育ちのよい山女魚は下流から上ったとしか思えない。

田んぼに水を取り入れるために造られた堰堤があると5月中旬頃から山女魚がよく釣れる場合が多い。 この堰堤はどちらかの端に水門があって、そこから用水堀を通って田んぼへと流れて行く。 田起こしが始まって畔造りが終わる頃には用水堀の落ち葉もきれいに取り除かれて堰堤から水が流れ出す。 今農家の9割位が兼業だそうで、それらの農家が田植えをする時期はまとまって休みがとれるゴールデンウィークに集中する。 数キロ間隔で造られた堰堤から一斉に水が分流し田植えの終わった田んぼに流れ込むから本流の水は少なくなる。 この時期に川へ出かけてみたら、水温も適正、かげろうも飛んでいる、天気も最高の状態でありながらフライへの反応がまるで悪いことに出くわすのは取水のため水の状態が落ち着かないからである。

ゴールデンウィークが終わると田植えも終わるから、川の状態も落ち着いてようやくコンスタントに山女魚が釣れ始める。 この時期冷え込みがあって田植えが遅れると次の土日まで休みがとれないから1週間単位で釣りシーズンもずれることになる。

田植えが終わっても遅霜やヤマセから苗を守るため水管理をしなければならないから用水堀の水はそのまま流れ続ける。 田んぼに引き込む訳ではないから下流のどこかで本流に戻される。 そこを通って山女魚は上流に移動する。 5万分の1の地図はおろか1万分の1の地図にさえ載っていないもう一つの川が存在することになる。

貿易不均衡を和らげるため日本のお米の市場解放が行われた。 数年前のあの不作の年、緊急輸入のまずーい米の味を知っているからすぐに日本の米市場が輸入米で氾濫する心配はないだろうが、お米の大市場である日本向けに「EXPORT EDITION FOR JAPAN」の米が作られるのも時間の問題のような気がする。 その時、山女魚が上る用水堀がまだ残っているかは、わからない。

(釣り東北の別冊「チェイス」掲載)

イギリスパターンを有効に生かすために2010/05/05 12:40

オリンピックやワールドスキーで活躍しているのはアメリカ、カナダの北米勢、スイス、フランス、オーストリアそれにこの時とばかり活躍する小国リヒテンシュタイン、さらに伝統的にノルディック種目に強い北欧や東欧。 これに対してイギリスの選手が活躍したというニュースはほとんど聞いたことがない。 北米はロッキー山脈、ヨーロッパ勢はアルプス、東欧や北欧は一年の約半分が雪に覆われるという環境があるのに対し、イギリスは国内に高い山が無いからではないかと思う。

日本の緯度でいえばカラフト付近に位置するイギリスであるが、四方を海に囲まれていることと、暖流の影響で冬場はそれほど気温が下がらない。 そのかわり冷たい空気と暖かい海水が出会った時霧を発生する。 霧のロンドンといわれるのはこのためなのである。

霧は雨と違い衣服のすき間から体の中に入り込み急速に体温を奪って行く。 毎年多くの人が霧で命を落としている。 この環境がバーブァのジャケットやオイルドセータを生み出した原因である。 当然フライフィッシングもこの環境を無視して考えることはできない。

羊がのんびりと草をはむ牧場の中を流れる一本の川。 高低差の少ない中を流れる川は鏡の様に静かで所々に木が生えている以外、隠れるものは何もない。 魚に気付かれないよう自分の影を川に写さないでロッドを操り、水面をたたかないようそっとラインを着水させるためのタックルの改良とキャスティングテクニックが必要となったに違いない。 この結果ダブルテーパー(DT)のフライラインが産み出され、正確にポイントに振り込むアクションのロッドが作られたことは自然のなり行きであった。

周囲に木も山もなにも無い開けた場所でフライフィッシングをすれば分かることだが、誠に毛鈎が見えにくい場所である。 毛鈎がどこにあるかを見つけやすくカーフテールやダッククイルのウィングを付けたりリーダーに目印をつけること等。

流れのある川ならこれでもいい。 しかし穏やかな流れの川ではこのような物を付けてしまうと魚に警戒されるだけである。 まして周囲の環境の中に溶け込むように巻き上げられたフライパターンでは、まるで逆効果になってしまうのである。

そこをキャスティングの技術で補うことになる。 もしラインの先に結び付けた毛鈎を目で十分に追うことが出来るスピードでキャスティング出来れば、プレゼンテーションされた位置は確実にわかる。 イギリスのキャスティングは常にこの発想を根底において考えなければ理解出来ない。 アメリカの、それもロッキー山脈の西側を流れる川の釣り方とは対照的とも思えるくらいの違いがある。 この違いが毛鈎のスタイル、ラインの形状そして当然ロッドのアクションの違いになって現われてくる。 では、こんなフライキャスティングテクニックが日本で役に立つのだろうか。 次の事柄は一つの答になるかもしれない。

山形県と秋田県の境にある鳥海山。 急な山肌を流れる川、月光川は、決してスコットランドののどかに羊が遊ぶ牧場を流れる川には程遠い。 雪解けの頃には川幅一杯に濁流が流れ山の土砂を一緒に押し流す暴れ川である。 このため各所にエンテイが作られた。 橋の上から上流を眺めると、ちょうど階段のように下から上へと続いている。 雪代が川幅一杯に流れるので、河原は広く釣り人が隠れる場所はない。 エンテイの間隔が短い場所は雪代が治まってしまうと流れがほとんどなくなり、鏡のような水面になってしまう。 日本海に沈む夕日は、上流に向かって釣り人の長い影を落とし魚を警戒させるので、まことに釣りにくい場所である。 この川に毎日通って27cmから32cmのヤマメを1週間で8匹釣ったフライマンがいた。 4年前の話である。 以下はダイジェストした彼の話。

「梅雨が明けた頃、仕事が終わってから釣り場へ通った。 自宅から15分。 その日によって時間は一定していないがとにかく夕方。 梅雨の雨はすっかり治まり暴れ川の面影もない。 ウェーダをはいて川に立ち込むと魚に警戒されるのでスニーカーで川に通った。 ロッドは8フィート半。 ラインはDT6F。 ウエイトフォワードラインの様にダブルフォールでスピードを付けなくても20ヤード以上楽にラインが出て行く。 DTの特長で距離が伸びると共にループは大きくなる。 しかもDTの強味で最後の最後までラインをコントロールすることが出来る。

伸び切ったリーダーの先に結び付けた毛鈎はイギリスパターンのドライフライで当然アップアイ。 若干重めのフックに巻かれた毛鈎はウイングもマーカーも付いていない。

ヤマメがフライにライズする。 ここで間髪を入れずにあわせなければならないはずであるが、一呼吸置く。 20ヤード以上ラインが出ているのだからいくら早あわせしても無駄である。 水面に不自然な動きを与え魚に警戒心を与えるだけになってしまう。 一呼吸置くことでヤマメが反転した瞬間ラインの重みでフッキングする。 フライマンはそのタイミングを見計らってロッドを持っている手を高く上げるだけでいい。 この釣り方は4番や5番のラインでは重さが不足する。 6番のラインを使っていても距離が短かければ無理だし、リーダーが完全に伸び切るプレゼンテーションが出来なければやはり不可能である。 ラインが出ているだけでリーダは伸び切っていない、水面はたたくという名ばかりのロングキャストでは絶対まねの出来ない、正確なキャスティング・テクニックを要求される釣り方である。 毛鈎は着水した時ヨットの底に着いている大きなオモリが正しい姿勢を保つのと同じ理由で重さのある太いフック。 しかも反転した時にフッキングさせる必要から微妙なひねりの入ったアップアイが必要である。 さらにくわえた瞬間、魚に異物感を極力感じさせないよう、弾力があってしかも柔らかいハックルを寝かせて巻く。 もし硬かったり、あるいは立てて巻いたハックルでは、魚が反転する間に吐き出してしまう。」

以上が本人の話である。 この釣り方がこの時期この川のベストの方法であるかどうかはわからない。 しかし彼が持参してきた8匹の冷凍になったヤマメを前にして反論する言葉は何もなかった。


・アドバイス

DTラインを使いこなすにはDTライン用に作られたロッドを使わなければなりません。 ウエイトフォワード(WF)ライン用に作られたロッドにDTラインを装着した場合15ヤ-ドを越したあたりからロッドの腰が抜けた様な感じにになります。 これはロッドが悪いのではなくてこれ以上の距離はダブルフォールを掛けてWFラインをキャストするようにロッドもラインも設計されているからです。 WFにはWFラインの特徴と良さがあります。 DTラインも同じです。 それぞれのラインの特徴を活かした釣りをしてこそフライフィッシングが楽しくなると思います。 WFで設計されたロッドをDTラインで振ったりDTライン用に作られたロッドにWFラインを装着してダブルフォ-ルがうまく掛けられないと嘆いている人があまりに多いのも確かです。

一度ラインとロッドのマッチングを確かめて見てはいかがでしょうか。

(自然倶楽部1990年4月号 62-63P)

フライで魚が釣れない原因あれこれ…2010/05/05 12:38

フライ・フィッシングを始めて間もない頃、目に入るフライ雑誌は手当たりしだいに読みまくった。 しかし、どれを読んでも書いてあることといったら釣れたことばかり……でるのは溜め息ばかりなり……的な心境である。

同じ事をしているはずなのになぜか釣れない人には、思い当たる節があるハズ。

そこで、現実のフライ・フィッシングについてすこし考えてみよう。


・物語の中の恋人

物語に出てくる恋人はいつの場合でも理想の相手である。 忍耐強く、優しく、華麗な容貌……etc。 どんな無理難題にも黙って理解を示す心の大きさ。 まさに理想の相手なのである。 物語であることが初めから分かっているので、本を閉じたとたん現実に引き戻されてもギャップは少ない。

もうかれこれ三時間も歩いただろうか。 ヒグラシの声を間きながら何度も激流を渡り、狐の足跡を見ながら沢を降り、カワセミの飛ぶ姿を眺めながら一人静かにロッドを振る。 一枚のイワナの写真とそのコメントを読むにつけ、こうありたいいやこうでなければと思いこんで始めたフライ・フィッシングなのに、実際は川沿いの国道を走る観光バスのカラオケを聞き、空缶を踏みつけながら釣り遡る。 理想と現実のギヤップは開いていくばかり。 あげくのはてに一度も魚と出会うチャンスがなければ、フライ・フィッシングとはこんなものだったのかと勝手に納得して、さっさとやめてしまうだろう。

もともとイワナやヤマメが棲みついているフィールドに道路を作って侵入したのは我々人間のほうなのだから、ポイントのシチュエーンョンが悪いなど、はなはだ身勝手な話なのであるが……。


・フィールドこそベストメソッド

ロッドやリ-ルは言うに及ばず、ベストやウエーダー、フライボックスのはてまでブランド品で身をかため、毎日キャスティングの練習に励む。 パターンブックのフライは全て揃えて本は暗記するぐらいに読み返し、いざフィールドへ。

三歩進んでツルリと滑って全身ずぶ濡れ。 あとはフィッシング・エリアで道具を見せびらかすだけのフライマン。 フェルトのソールが付いていれば絶対に滑らないと信じ込んだ結果なのであろうが、雪道でチェーンさえ装備すればスリップしないと思っているドライバーのようなもの。 本に書かれてある事で、どれがいちばん大事なのかはフィールドに通って経験しなければ理解できないのである。


・魚がいなければ釣りは出来ない

フライで魚を釣りたいと思ったら、魚がいる場所に行かなければならない。 あたりまえのことではあるが、実は二年、三年目のフライマンが陥りやすいことである。

ヤマメもイワナもシーズンを通してみると、かなりの距離を移動している。 解禁直後は夏場に鮎が釣れる場所まで下がっているし、北に位置する川ほど下流に移動するので、シーズン初期は海を見ながら釣ることさえあるほど。

初めてロッドを手にした時に連れていってもらった川で、一度でも自分のフライへのライズを経験すれば一生忘れられない場所になるであろう。 ほとんどの場合初心者でもなんとか釣れそうな時期と場所を選んで連れていくことが多いので、 シーズン初期に忘れられない場所に行っても魚はまだいない。 釣れなくてもあたりまえなのだ。 魚が上流に移動した後に入渓しても同し事である。 またフライ・フィッシングはキャスティングが重要とばかり近所の空き地で練習に練習を重ね、雪代と共にヤマメもイワナも遡上して空っぽになったダム湖へ行くのも同じこと。

源流にさえ入れば大物がいる、数が釣れると思い込むのも間違いのもと。 ほとんどの場合源流に入っているのは小型の魚ばかりで、条件のいい場所に入れなかった魚が棲みついているだけ。 秋もかなり遅くなってから大型の魚が遡上してくるが、これは将来のために釣ってはいけない魚である。


・食い気がなければ釣れない

モ-ニング・ライズといっても時期とポイントの状況によって時間が変わる。 フライがかろうじて見える時間までねばって大物をあげたことがあるからといって、ドライでようやく釣れ始めた時期に寒さに震えながらイブニング・ライズまで待っても魚の反応はない。 魚も水の中で震えているはずだ。

天候にも大いに左右される。特に、東北地方特有のヤマセの吹く日は要注意。 たった1日でもシ-ズンが逆戻りする。 こんな日は魚に食い気がないから反応は鈍いし、釣ることも難しい。 地元の釣り人はそのことを知っているので川には入らない。 たまたまそんな日に釣りにやってきて、貸し切りのような川の状況に最初は感激。 そのうちにイライラ……。 あげくのはてに魚がいないの、放流量が少ないのと自分の力量不足をたなにあげ、言い訳を言い出す始末。 もっともっと謙虚になって欲しいものである。 状況をきちんと把握する力がなければ、好釣果にはつながらないのだから……。

(自然倶楽部1990年1月号 44-45P)

フライフィッシングの楽しみ方あれこれ2010/05/05 12:36

・独り言

今さらフライフィッシングについて説明する必要もないと思いますが、簡単に言えば、鈎に鳥の羽や化学繊維を巻付け一見虫らしく見せて魚を釣る釣り方です。

一口で言えば、まあ味もそっけも無い表現になるのですが、これがどうして仲々奥が深くて、ついついのめり込んだら出口がわからなくなってしまって未だにどっぷりつかったままでいる人が多いというのは、やはりそれなりの理由がありまして、これも簡単に言ってしまえば「面白いから」と言うことにつきるでしょうか。 遊びをやるのにわざわざ理由をつけることもないのですが、部屋の電気を暗くして大の大人が独りぽつんとTVゲームでドラクエIIIに夢中になっていたりして、呪文が一つわかったなどとニャッと笑いながら翌日の昼頃赤い目をこすりながら起き出すのに比べれぱ、明日行く川と、ひょっとすると釣れてくれるかもしれないヤマメを頭に浮かべながら、ニヤニヤして毛鈎を巻き、翌朝に備えて早寝するのは健康的と世間では思うかもしれないけれど、でもどこか相通ずるところがあったりして、早い話、本人が楽しんでいる分には害は無いのですが、他人を巻き込むとなると話は別で、この記事を読んで又一人フライフィッシングに狂う人が生まれると思うと、どこかおそろしい、と思ったりするのです。


・やってみたいと思っている人へ

さてフライフィッシングはやりたいが、道具をどこで揃えたら良いかわからないし、それに釣る場所もわからない。 それより先に自分に出来るのだろうかなどと思いつつ釣りの本やアウトドアの雑誌などをめくっている人が多いのではないかと思います。 でも現在ではこれらの疑問について心配する必要はまったくありません。 第1に東北地方を流れるすべての川でフライフィッシングが出来るのです。 20年前ならいざ知らず今ではちょっと大きな町なら必ずフライの道具を扱っている店がありますし、大抵そんな店なら初めて行って何も買わなくとも、竿の振り方から始まって、毛鈎の巻き方まで教えてくれます。 何度目かには昨日釣れたポイントやヒットした毛鈎も教えてくれるはずです。 もしもそんなお店でなかったら、今後お付き合いするのは考えた方がよいと思います。 お店の場所はNTTのタウンページをめくればすぐにわかります。

又、フライフィッシングを専門にしているお店なら年にl度位は、お客の親睦をかねてフライフィッシング・スクールを開校したり、シーズンオフにフライタイイング・スクールを開いたりしています。 かえって地方には無いものとばかり決めつけて東京あたりにタックルを買いに出かけたり、あるいは通信販売で求めたりすると、売る方では悪意はないのでしょうが正確にこちらに適した物を把握してもらえず、知らずにちぐはぐな物を手にして気付かないでいてしまうのです。

予算ですが、大体スキーの一セット位を考えておけば良いでしょう。 つまり安いのはそれなりのセットがありますが、最低4万円程度は見ておいた方がよいと思います。 どうせすぐ高いのが欲しくなるのだから初めからいいものを買った方がよいと思う人もあるでしょうが、やはりスキーと同じで、高い物程個性が強く出て初心者には使いづらいものです。 カタログまがいの雑誌の中で釣れた魚と共にさりげなく写真に写っているロッドを見て、ついつい憧れて入手したのは良いが、自分の実力では使いこなせず、その挙句に中古品として巷に流すことになります。

一シーズンか二シーズンもやれば自分の行く川の状態もわかりますし、現在使用している道具のどこが不満かもわかります。 初めのセットはいわば入学金と思ってください。

さて釣場のことですが、東北で一番大きい街といえば仙台ですが、この街からでさえわずか30分も車を走らせれば、フライフィッシングでヤマメもイワナも釣ることが出来るのです。 仕事が終わって残業のなかった日なら、日暮れ時、遅出の日なら朝9時までなど、日曜日を待たなくとも楽しめるのです。 もちろん毎日ベストの状況とは限りません。 良い日もあれは、駄目な日もあります。 でも回を重ねることでチャンスに恵まれます。 そして遠くに飛ばすより、できるだけポイントに近づいて正確に毛鈎を落とした方が、釣り易いことに気が付くでしょう。 Xヤードまでラインを飛ばせるようになるまではフィールドに出てはいけない、と惑わす様な書き方をしている入門書より、自然の方がずっと上手な先生なのだと気付くはずです。 実はこの辺りが見えてくると、東北地方に住んでて良かったなと思わず感激してしまうのです。


・ちょっと堅い話になりますが

鮎釣りでもへら鮒釣りでも、初めは一地方の釣りだったのが、長い年月と多くの人の努力で、試行錯誤を繰り返しポピュラーな釣りになる間に、ルールやマナーが生まれ現在に至っています。 ところがフライフィッシングに関しては若い連中が飛びついたせいもあるのですが、ルールやマナーが完成する経緯が十分に紹介されないで、道具と釣り方だけが外国から入ってきたような気がします。

例えばフライフィッシング発祥の地と呼ばれる英国のバッキンガム宮殿で、衛兵の交代が始まると行進の通り道にあたる道路は、人も車も通行止めになるのですが、その時出る看板は「私有地につき通行止め」と書いてあるのです。 つまり女王陛下の私有地をふだんはタクシーが走り人が行き来しているわけです。 むろん英国全土が王室の私有地ではなく、国有地だったり民間所有地だったりするのですが、これらの場所でもよほどのことが無い限り、自由に出人りさせてくれるのです。 私有地だから石一つまで待ち主の物であるという現実と、公共の物を汚してはいけないというしつけが、子供の頃になされている背景があればこそ、普段は自由に出入りできる状態を作り出しているのだと思うのです。 このモラルが確立していることが、ナショナルトラスト運動の成功に結び付くのではないかと思うのです。

フライフィッシングはこのような環境の中で完成してきたわけですから、絶対に自然を守らなければ、私有地の一部である川から締め出されてしまうのです。

フライフィッシングを学ぶ時に、ルールやマナーが完成する過程を知ることは、自然を守ることを知ることにつながるのです。 このことを十分に理解しておかないと、訳もわからず餌釣りを見下したり、的はずれのキャッチ&リリースを他人に強制したり、道具のブランドだけを競いあうガキの釣りに成り下がってしまうのです。

(自然倶楽部1988年5月号 42-43P)

フライフィッシング内緒話 番外編2010/04/24 08:33

好評、不評は別にして、これまで連載させて戴いた内緒話も今月号でおしまいというわけで、ページを汚すのも今回限りと相成った。

そこで、こちらの舌足らずならぬ筆たらす(正確にはワープロでこの原稿を打っているからキー足らず)で話が見えない部分が多々あったので、これ幸いと最後の1回を利用して補足させて戴くことにした。 雪ウサギやネコ柳が姿を見せるまでまだまだ間のあるこの時期、こたつに入りながら「北の釣り」を10倍楽しむまではいかなくともバック・ナンバーをめくりながら、2倍楽しんでいただければ幸いである。


・「途中経過を……」(8月号)

コンピュータにインプットしてあるデータの中には、釣りのデータ以外にも色々なことが、記録として残っている。 毎年決って顔を出すのは川で転んだ記録である。

雪代の頃は夏と違いヒザ程度の深さでも足元をすくわれて「アッ」と言う間に流されるし、イブニング・ライズを狙いに入った帰りに夕立に出合って暗くなってから帰って来た、などという経験者は多い。

仙台から、そう遠くない川なのだがポイントの入口と出口が切り立った崖になっていて、雪代が完全に治まってからでないと、どうしても入れない場所がある。 その間約1km程なのだが、中に入ってしまえば回りが開けた瀬になっていて、フライを振り易いので、水が引くのを、今か今かと皆待ち続ける。

やがて入れる季節になっても、まだ難所が残っている。 入口の両岸で平常水位の部分が、大きくえぐられている。 ちょうど、駅のプラットホームを狭くした様な感じである。 しかも傾斜がついているから、なれた人は水際を歩いた方が滑らないのを知っているが、初めての人はどうしても崖よりを歩いてしまう。

先に立って歩いていた時、後の方で「ボチャン」と音がした。 振り返ると同行者の姿は見えず、フライ・ロッドの先だけが水面から見えかくれしている。 やや暫くして頭が覗き無事浮いて来た。 足場が悪いので10m程下流まで泳がせから岸へ引き上げた。 ボックスに入っていた毛鈎は遥か下流まで流されたが、またローンの払い終ってない竿は、しっかりと手に握られていた。


・「幸福の青い卵……」(9月号)

この記事が出た後で、「青い卵なんて気味が悪い」と数名の方からいわれたが、話をよく聞くと黄身が青くなるものと勘違いしていた。 色が付くのは卵の殻、つまり外観であって、黄身ではない又、色が付くといっても、いかにも「青」とはならない。 淡い青、或いは水色といった方がより正確かもしれない。 大きさは元々卵を目的とした鳥ではないから普段店頭で見掛ける卵よりは小ぶりである。 出来上がるハックルの色は、卵がブルーだからブルーダンとは限らない。


・「東北を訪れた……」(11月号)

東北を訪れたフライマンは、レオン・チャンドラーだけでは無い。 1981年にはジム・ハーディとイアン・ブラグバンが訪れているし、翌1982年にはチャールズ皇太子にフライ・フィッシングを教えたジョニー・ローガンが来ている。

これ以外にも、チャンドラーより遥か以前に、ヤンフォー・サンダーが東北を訪れている。 しかし彼の場合、フライ・キャスティングは付け足しで、どちらかといえばマルチ・タイプ(両軸)リールのキャスティング・テクニックを見せるのが主だった。 そういう意味で釣り場を前にしてフライ・フィッシングを見せてくれたのはレオン・チャンドラーが初めてだったし、彼の話のアチコチにキャスティング・テクニック以外のポリシーを感じさせてくれた。


・「コンピュータの……」(11月号)

11月号が発売された4日後にNHK特集「カゲロウ大発生」が放送になった。 先に「北の釣り」を読んでから、テレビを見た人は「アレッ」と思ったに違いない。

放送の中で、カゲロウの大発生が報告されているのは、全国で9河川、阿武隈川が一番北になるといっていたが、毎年ではないにせよ、もっと北にある仙合の名取川と広瀬川でも大発生は起きている。 11月号の記事にある国道4号線の橋というのは仙台を流れる名取川の橋であるし、記事が載った新聞は仙台の「河北新報」である。

阿武隈川の福島付近では10年前から毎年9月に定期的にあったらしい。 福島を含め他の地域で毎年起きている大発生は全て「アミメカゲロウ」に依るものであるが、私が遭遇した12年前の春のハッチは、時期や場所から考えても同じカゲロウとは思えないし、福島の大発生に比べれば、遥かに小さいものだった。 それでも、この季節に起きるハッチとしては、ずいぶんと大きなハッチであったと、記憶している。 外国で、フライ・マンが対象としているスーパー・ハッチがどれ程の規模なのか不明であるが福島のハッチはスーパー・ハッチではなく異常発生ではなかろうかと感じた。

放送では、他の8河川から大発生について報告はあったが、学術的なレポートがあったのは僅かに3件しかなかったことや、全てのレポートに共通して、発生したカゲロウは雌しかいなかったこと等を紹介し、しかしながら福島で大発生したカゲロウには、調査の結果雄が半分入っていた事実を指摘していた。

ところで、今出ている水生昆虫学の本は不明な部分が実に多い。 同じ川の上流と、数百m下流で採取したカゲロウが、どう見ても同じ種類なのに、色の違いがあったりするが、この件についての記述は見つけられなかった。

非常に独善的な見方だが、どうも金にならない学問は、不明な部分が多い様である。 事実、水生昆虫学は高等学校の生物部の研究対象にはなっても、熱心な生徒が卒業したり、担当の教師が転任したりすると立消えになってしまう。 これではせっかく貴重な発見があっても世に出ることなく埋れてしまう。 たまにレポートが提出されても、一時的なものだったり卒論程度のものだったりする。 20年とか30年とかの長期にわたって観察を続けているのは、趣味でコツコツと調べ上げている人の方が多い様である。

珍しい鳥を発見するのは一般人の方が多いし、すい星を発見するのもアマチュアの天文家が多い。 勿論「XX野鳥の会」や「○○星の会」、の指導による所が大きいのだろうが、意識して毎日見ている場所に多少とも変化があれば気付くのは当然である。 只、それをどこに、どのように報告すれば良いのかが、わからないのでせっかくの発見が忘れ去られてしまうことになる。 その昔、クチジロ論争というのがあってこれに決着(=イシガキダイ)を着けたのも、カンダイの頭にコブがあるのを指摘したのも、現場で生きた魚を見ている釣り人だから出来たのだ。

「北の釣り」9月号の奇形ヤマメなどは誠に良い例で、この記事の後ずいぶん「北の釣り」に追加報告があった様である。 私の所にも同様な報告があった。 釣れたのは、1985年6月2日、場所は釜房ダム上流である。 時間は夕方、毛鈎はドライフライ。 現物は剥製にして保存してある。 釣った本人がアチコチ持ちまわって調べた所によると発眼卵にキズがついていたり、卵がかえる時の温度が高かったりすると出やすいとのことだった。 例は少ないものの、取立てて珍しい事ではないらしく、ましてや水が汚染されたことが原因による奇形ではなかった。

そこで我々釣り人の出番である。 一人ひとりのデータは小さくとも、数は圧倒的に多いのだから、それこそ「北の釣り」あたりで10年か20年程度まとめて、しかるべき研究機関に持ちこめば、追跡調査の後に水生昆虫学の本の1,2行位には影響を与えることが出来ると思うのだが。

大事なことは、先入観念を持たずに現場で自分の目で見た事実を、観察し続けることである。 本を読んだだけで、人一倍知っている様なツラをしている者には、耳が痛い話だろうが、時として本の知識が新しい発見を遅らす場合がある。 福島の大発生は誠に良い例で、もし過去3件のレポートに惑わされていたら、多分将来の水生昆虫学の本に次の様に載ってしまっただろう。

「アミメカゲロウ=中流部に生息し……秋に単性生殖し、時として大発生する」と。

過去のレポートにとらわれず地道に川を調べた結果、雄、雌、両性が生息していたのを発見したのはNHKのお手柄である。 だからといって過去にレポートが出された川もそうであるとは断定出来ない。 今後、少なくとも10年程の追跡調査が必要だろう。 協力する余地は、大いにあるのだ。

ということで私が春のスーパー・ハッチに出会った場所を内緒にしていては、内緒話がいつまでも終らないのでこの際お話すると、釜房ダム上流の北川、古関地区付近である。 私以外にこの場所で同様な経験をしたと報告があったのはたった1件、1982年5月29日の夕方の報告のみである。 参考の為前後の記録を紹介しておくと、10日前に仙台で総雨量130mmの大雨が降っている。 8日前には、十和田で雪が降ったとのニュースがテレビで流れ、東北地方は全般的に冷え込んだ。

3日前には一転して仙合で26.2度まで気温が上がり昨日同様午後には、気温が30度を越し、当日の朝このポイントに入ったフライ・マンが25cmのニジマスをドライ・フライにヒットさせている。

そして翌日は日曜日であるにもかかわらず、このポイントでヒットさせたという報告は入ってこなかった。

(おわり)
(三浦剛資)

(「北の釣り」1986年2月号 No.44 P84-86掲載)

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フライフィッシング内緒話 第11回 フライ・フイッシヤー人ロ2010/04/24 08:32

アメリカやヨーロッパでの釣りとゆうと、すぐにフライ・フィッシングやルアー・フィッシングを思いうかべるが、実はフライ・フィッシングの釣り人口が全釣り人口に占める割合は、そんなに高いものではない。

アメリカで3ないし4%で、5%を越えたことは無いしヨーロッパで一番パーセンテージが高いイギリスでさえ6%前後である。 世界で一番パーセンテージが高いのはニュージーランドであるが、それでさえ10%を僅かに越しているにしかすぎない。 国の総人口が日本の釣り人口以下なのだからけっして多いとはいえない。

日本ではというと、残念ながら正確な数字はわからないが、やっとコンマが無くなって数字が統計に顔を出す程度と思われる。 本を見ているといかにも沢山いそうだが、日本では新しい釣りなので、只話題にされているだけなのが実状である。

ロッドやリールは日本でも作っているが、絶対に作っていないのがフライ・ラインである。 これの輸入量を調べれば、かなり正確にわかると思うのだが。

尚、フライ・ラインを日本に輸入する時の関税コードは「紐」である。 昔、初めて日本にフライ・ラインを輪入した時に、どうしても税関で釣り糸とはわかってもらえず、とうとう「紐」ということで、輸入がOKとなったいきさつがある。 それが今日まで続いている。

最近はサーモン・リバーなどとサケの上る川を特別扱いしているようだが、東北地方の川では逆にサケの上らない川を捜す方が難しい。 一般には解禁していないので知らないだけで、東北全体では北海道に引けをとらない程のサケが捕れている。 なにげなしに見ている川が実はサーモン・リバーなのである。

ちかごろは稚魚を放流する時に小学生を参加させPRしている漁協もあるが、ぜひ続けてほしい。 サケが上る川の上流は当然ヤマメやイワナがいる。 川があって魚が居て、初めて釣りが出来るのだから、東北地方にフライ・フィッシングが根づくのは、もはや時間の問題だろう。

ところで、フライ・フィッシングは特別の釣りでもなければ、やっていればエリートなのでもない。 単なる渓流における釣法の一つでしかない。 ところがそれを鼻にかけ、一部の心無い餌釣り人を見て「だから餌釣りは」などと言いだす"ガキ"を見ると無性に腹が立つ。 渓流の自然を今日まて守り続け、魚を絶やさないよう努力してきたのは彼等だし日本の「釣り文化」を作り上げて来たのも彼等なのだから。(三浦剛資)

(「北の釣り」1986年1月号 No.43 P86掲載)

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フライフィッシング内緒話 第10回 密漁入門2010/04/24 08:05

昨年の9月に大手のコンピュータ関係専門の出版社から1冊の本が発売になった。 題名は「ネットワーク犯罪入門」。 内容はコンピュータを使用して、他人のデータを覗いたり盗んだりする手口の解説書である。 犯罪手口を詳細に紹介することで、逆にそれを防ぐための解説書にもなっている。

そこでこれを見習って、これから公開するのが名付けて「密漁入門」。

勿論密漁を奨めるのではない。 手口を公開することで、彼等密漁者の行動を目撃した時に、未然に防ぐかあるいは110番通報するための参考にするのが目的であるから、絶対に誤解しないでほしい。 密漁は間違い無く犯罪なのだから。


・毒流し

一般的に毒流しとか、毒もみとか呼ばれているが手口も使う毒物も様々である。 近代国家では禁止されている漁法であるが、開発途上国ではかなりよく行われている。

一見簡単そうであるが、一つ間違うと人命に関わることになる。 日本では勿論禁上されているが、時々行われている密漁である。 使用する毒物であるが、日本ではサンショの葉を木綿の袋に入れて、上流の水中で袋をもみ、下流で三角網を使って浮いた魚をすくい上げるのが、一番オーソドックスな方法である。

世界的に見ても植物性の毒物で一時的に魚をマヒさせ、手で掴み捕ったり、網ですくったりするのが一番多い。 そして小さいのは逃し、大きいのも卵を生ます為逃し、適当な大きさのを必要な数だけ捕るのが、この場合のルールであり南米の奥地やバプアニューギニアなどでは魚を絶やさないように、しっかり守られている。

さて我国では「密漁にルールがあるか」とばかりに渓流を目茶滅茶にしてくれる。 毒流しの言葉にだまされて毒薬(農薬)を使うから、大きいのも小さいめも根こそぎ捕ってしまう。 あげくのはてに、自分で流した農薬で中毒を起こし命を落すバカがいたり、毒の分量を間違えて支流1本全滅させてしまう輩がいるから畏れ入る。

もし目撃した時は、下流の人の生命に関わるので直ちに警察に通報すると同時に現場を見まわし、車などが止まっている時はナンバーを控えておく。


・電気

この密漁はバッテリーとイクニッション・コイルを必要とするので中進国以上の国でないと行なうことが出来ない。 方法はオートバイ用のバッテリーとイグニッション・コイルを使って数万ボルトの高庄を発生させ、魚を一時的にマヒさせ下流ですくう。

毒流しと違い影響する範囲が狭いが、フライ・フイッシングのポイントである瀬を目茶滅茶にしてしまう。 水は電気が流れ易い様に思えるが淡水は以外に電気抵抗が高いのでポイントに十分近づかないと効果が出ない。 だから、こいつらが歩きまわった後は、魚が怯えていてポイントに近づくことが出来ず釣りにくいことおびただしい。

この密漁者に出会ったら、手許のスイッチの取付け方法をよく見てほしい。 スイッチを押すと高圧電気が出るようになっているのは初犯。 前科数犯の凶悪犯は、必ず手がはなれた状態でスイッチが入り高圧電気が出るようになっている。 こうしておかないと、万一感電したとき手を握りしめてしまうので、スイッチが入りっぱなしになる。

体や、着ている物が水に濡れると感電するので、一番の弱みは雨と、川で転ぶことである。


・夜とぼし

本来この密漁は、魚が光に寄りつく習性を利用して、集まったところを網などで一網打尽にするのをいい、我々に関係するのは、正確には夜突きと言う。

梅雨が明けた頃から盛んになるのは、川の水が落着くからで、8月の旧盆の頃が一番のピークとなる。 カーバイト・ランプで川底を照らし、寝ている魚をヤスで突くのが、一般に広く行われている。 カジカに限って解禁している所もあるが、たいていは禁止されている。

この夜突きを、渓流でやるアホがいる。 カジカと同じ方法で、川底を水鏡(箱の一部に板ガラスを取付けパテ埋めした物)で覗きながら、ヤスでイワナを突いて行く。

当然、夜行う。 モーニング・ライズを狙おうと現場に着くとちょうど夜突きの終ったばかりのこいつらに出会ったり、あるいは川を釣り上って行くと、使い終ったカーバイトが川原に捨ててあったりして、がっかりさせられる時がある。 他の密漁と違って、やっている本人達に罪の意識が薄いので誠に困るが、これは立派な(?)密漁である。


・投網

これを密漁といったら怒られるが誤解しないで読んでほしい。 現在かなりの河川でこの漁法は許可されている。 ところが、全ての魚に許可されているわけては無い。 たいていの川ではアユ、又はハヤなど非常に限定した魚種で許可されている。 しかも、捕ってはいけない魚を明記しているのでは無く、捕ってもよい魚を明記している場合が多い。 この場合どこの川であっても、ヤマメやイワナを許可している所は無い。 ところがアユを捕るつもりが、間違ってヤマメが入ってしまったという場合もあるので、川によっては魚種でなく区間と時期を決めて許可している所もある。 したがって、間違いなく渓流となる川で投網を打つのは言い逃れることが出来ない完全な密漁である。

渓流で投網を打つのなら、狙う魚は当然ヤマメかイワナである。 ところがアユやハヤと違い単に瀬で魚を追い投網を打てば入るわけではないから何か方法をとらなければならなくなる。

そこで、投網用の「ヤナ」とか「ツケバ」とか呼ばれる物を造る。 本来のヤナとは似ても似つかない物だが、川の瀬の中に流れを塞き止めるよう、高さが僅かに水面から出るように石を並べる。 初めに要になる石を置き、次にその石に寄り掛る様に石を並べて浅いプールを造る。 数日して魚が溜ったころをみはからって、投網で一網打尽にする。 はなはだしいのは石の隙間から水が漏れないように、ビニールハウス用のビニールを被せているのもある。

もし渓流でこれらの「ヤナ」あるいは「ツケバ」を見つけた時は、当然壊すべきである。 造られてすぐかあるいは日が経っているかはフライを落して見れば、すぐにわかる。 投網を打つ前なら、かなりの魚が入っているので十分楽しませてもらえる。 戴く物は戴いてから壊せばよい。 これは密漁場所を見つけた者の役得である。 壊すのは大汗かいてやる必要はない。 要になる石を見つけて蹴飛ばしておけば、後は水の流れと水圧で自然に壊れる。

ところで、アユの解禁前に堂々と投網を打っているのを見掛けることがあるが、これは密漁ではなく組合が事前に魚の成育状況を調べたり、学術調査の為に行っているのである。

ところがなんの印も無く、近づいて本人に確かめて初めて判る場合が多い。 釣り人としては、彼等の仕事が理解出来るのだから「ご苦労様」の一言も掛けたいが、高飛車に組合員の鑑札を水戸黄門の印籠のごとく見せられると「コノヤロー」と思うのは人情である。 ノボリを上げてスピーカで告知してまでやれとはいわないが、せめて一目でわかるように大きく染め抜いたゼッケンでもつけさせたらどうか。 密漁防止にも役立つと思うのだが。(三浦剛資)

(「北の釣り」1986年1月号 No.43 P84-85掲載)

Copyright (c) 三浦剛資, 1986. All rights reserved.

フライフィッシング内緒話 第9回 0.2秒のドラマ2010/04/24 08:05

暑かった今年の夏も終りに近づいた8月のある日、東北自動車道を南へと走っていた。

佐野、藤岡インターで下車し今度は国道50号線を高崎へ、ここから、18号線に入り妙義山と横川名物「峠の釜めし」を左手に眺めて碓氷峠を越える。

バイパス出口で150円を払って、軽井沢で一休み。 小諸、上田を通り千曲川と信越本線それに国道18号線が一まとめになった所に目指す目的地があった。

仙台から片道9時間の旅であった。

NHKの人気番組ウルトラアイで毛鈎でアマゴを釣るのを放送した。 内容が内容だったので、御覧になった人も多いと思うが、番組の中で、名人は次々に釣っているのに、アナウンサーは、魚が飛びついては来るのだが中々釣ることが出来ず、とうとう釣堀でアマゴが何秒間毛鈎をくわえているかを測定したら、「僅か0.2秒という結果が出ました」と、言っていた。 アマゴに非常に近い仲間のヤマメでも、同じ結果になることは当然で、フライ・フィッシングをやり初めた頃は、手も足も出ず、イワナかニジマスを狙っていたのが、数年もたつとヤマメの魅力に取りつかれ、逆に「イワナはのろくて」などと言いだす。

さて番組の中で測定された0.2秒という時間は、毛鈎に似せて作ったセンサーを、アマゴがくわえている時間を計ったもので「アマゴが、くわえて餌ではないと判断し、吐き出すまでの時間です」と、説明していた。 そう時間の違いは無いと思って、そうしたのだろうが、ここで疑問を感じなかっただろうか。

もし本物の虫だったら何秒後に飲み込むのだろうか、そして本当の毛鈎でも同じなのだろうかという疑問である。 この疑問は我々に大いに関係があるので気にかかるところである。

フライ・フィッシングをしている人なら、かなりの人が経験していると思うが、釣り易い毛鈎と、釣りにくい毛鈎がある。

ほかならない、くわえている時間の差である。 くわえている時間がほんの僅かでも長ければ、多少合せが遅れたり、リーダーが曲がっていたり、一瞬毛鈎を見失っても、魚を合せることは可能である。 勿論、時期、場所、時刻、魚のスレ具合等で大きく違って来るがそれでも差があるという事実ば拒めない。 ところが残念ながらこの違いを測定するのは不可能である。

しかし、はっきりした事実があればなぜそうなのかを考えることは出来る。

はっきりした事実、それは毛鈎が魚に飲み込まれた、という事実である。 フライ・フィッシングの経験者ならわかると思うが、ニンフやウェットならいざ知らず、ドライ・フライで向こう合せは殆ど無理なことである。

例外的に、毛鈎が沈んだ時偶然に起きることがあっても、浮いている状態では、まず不可能なはずである。

ところが、この事実が報告されて来た。 1件や2件の報告なら珍しいですむのだが、7件もデータが集まってくると首を傾げざるをえなくなる。

見方に依ってはたった7件のデータである。 しかし共通部分がかなりあった。

サイズはけっして小さくない。

10番から14番である。 全ての報告が一瞬合せが遅れたといって来ている。 そして全ての毛鈎がハックルに共通性を持っていた。

したがって、たった7件のデータと無視するわけにいかないのである。 しかも報告が入って来たのは、ここ2年の内なので、今後益々報告が入ってくる可能性が大きいのである。

ハックルというと、カラーによる分け方と、鳥の種類による分け方があるが、後者の場合随分大雑把な分け方がなされている。

よく使われているのが、レギュラーとスーパー。 多少鳥の種類が分った人が使うのがインディアンとドメスティック。

どちらも、かなり大雑把な分け方である。

ニワトリの種類は、約2000種類ある。 この内登録されているものだけでも、200種類をゆうに超えている。 現在日本に入って来ているハックルだけで、インディアン、バンタム、フィリッピニアン、ゲーム、チャイニーズ、コーチン等々、ニワトリの種類でハックルを分けるなら、最低でもこれくらいには分けてほしい。

さて、9時間も掛けて長野まで出掛けたのは他ならない問題のハックルを作っている本人、小平高久氏に会うためである。 駐車場に車を入れると、本人より先にニワトリが出迎えてくれた。

ゴールデン・ジンジャー、ストローダン、ダンバジャー、毛鈎に関心のある人なら、喉から手の出る程ほしい鳥が、なにげなしに餌をついばんでいる。

挨拶も早々に鳥小屋へと向かう。 中に入ると一斉に騒ぎ出す声と臭いとで一瞬足が止まる。 懐中電灯で照らすと光の中にグリズリーが浮かび上がる。 隣の金綱の中から、金色のコーチンバンタムが首を覗かせている。 彼の話によれば、この小屋は純粋種が入っていてそれぞれを掛け合せることで、狙った色を作っているそうである。 所謂F1、一代雑種を作り出している。 正にバイオテクノロジーそのものである。

従って雛より親の方がはるかに大事である。 親が純粋種であればこそ出来る仕事なので親鳥は数箇所に分散して、更に第二、第三の予備を用意している、とのことだった。

翌日は、彼が手塩に掛けて作ったハックルのテストである。

幾つか峠を越えて北アルプス穂高岳が見える安曇野へと向かった。

天候は晴れ。 気温33度。 雲は遥か上高地の方角に入道雲が掛かっているだけの暑い夏の真昼間。 川は、アルプスの雪が溶けて伏流水となり、この付近で地表に湧きだす典型的な盆地の川。

この水を利用してあちこちでワサビの栽培と、魚の養殖をしている。

水温は湧き水とはいっても、38日間も真夏日が続くこの頃では、けっして冷たいとはいえない。 勿論ライズのかけらもない。 フライで釣るには最悪の条件である。

彼が作ったハックルを、一番初めに認めてくれた人は、彼の仲間以外では、残念ながらフライマンでは無かった。 テンカラ(和式の毛鈎)で釣りをしている人達だった。 理由は、簡単明瞭、只一言、釣れるから。

おそらく今でも、何の話も聞かせられずに、彼のハックルを見せられたら、真先にボツにするだろう。

ひたすら堅いハックルを望んている人は、あまりの柔らかさに幻滅するだろう。 ミッジが巻けなければ、ハックルの値打は無い、と思っている人は、まるで極小の毛がついていないのを見てガッカリするだろう。 多少話を聞かされたとしても、鈎の巻方を聞かなければ、彼のハックルを、完全に使いこなすことは難しいだろう。

それ程彼のハックルは従来の物差しでは計ることが出来ない常識はずれの物だった。 もっとも一度でも、このハックルで巻いた毛鈎で魚を掛けて見ると、今までの常識が如何に作られた話だったということに気がつくのだが。

テストは14番の鈎から始めた。 二度三度流して見ては毛鈎を交換する。 何度目かの鈎で当り鈎を見つけると、同じパターンで鈎を小さくしてゆく。

18番まで交換したところで今度は逆に大きくした。 12番、10番と変えても結果は同じだった。 しかも、10番で魚が釣れ始めると18番はあたりが遠のいた。

今までまことしやかに言われていた常識が、もののみごとにひっくりかえった。

おそらく、この様な条件ならイブニングライズ迄ひたすら待つか、あるいはどうしても釣りたい人は、ティペットを7Xか8X(0.3号位)にし、フライサイズは、当然ミッジの20番、場合によっては見えにくいのを覚悟で、26番の毛鈎で釣り出すことだろう。 そして悪戦苦闘の末ようやく掛けた1匹の話を、ここ数年仲間内に話続けることだろう。 時と共に尾ヒレをつけて

今回長野まで来た目的の一つはこれで達成した。

もう一つの目的は、彼がこれまでにため込んでいる、ハックルに関する膨大なデータを、如何にして整理するかについてアドバイスすることだった。 勿論、私がアドバイスするのだから目的はコンピュータにインプットしてデータ・ベースを作ることにある。

多分、近い将来データ・ベースは完成するだろう。 その後、データ・ベースを整理することで新しい発見が出てくるかもしれない。

さて、残念ながら彼のハックルを入手することは、ここ数年極めて困難である。 彼が納得しないハックルを世に出したがらないのと、親鳥の数が少ないからである。

それでもどうしても彼のハックルが欲しければ、彼の仕事を手伝うことである。 大事なのは純粋種の親を守り続けることである。

この為の組織、ルースターズ・ネックハックル・アソシエーションに参加することである。

勿論大変なことである。 鳥小屋を作り、毎日欠かさす餌をやり野犬やへビから守らなければならない。

魚がフライをくわえている0.2秒間をドラマの幕が開いている時間とすれば、ロッドもラインもハックルも、総てドラマのための舞台装置でしかない。

10年掛けてハックルは完成した。 後はフライマン自身が創るシナリオが残されている。(三浦剛資)

(「北の釣り」1985年12月号 No.42 P84-86掲載)

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