再び英国やぶにらみ第14話 ネクタイ2010/04/24 06:58

日本では背広にネクタイは勤め人の制服みたいなもので、月曜から金曜までサラリーマンのほとんどが普通に着衣している。 会社でもリクルートのようにネクタイを強要しない会社もあり、服装は自由としていても、多くの社員はやっぱり背広、ネクタイとなっている。 最近、高等学校などを中心に制服が詰襟学生服スタイルから背広型制服が普及して来ていて、電車などに乗ってもカラフルな制服の学生にであう。

同じ制服カラーとともに同じネクタイを見ていると、英国人に似てきたなと感じる。

日本ほど多種にわたってネクタイがある国は希で、柄なども英国に比べると数倍だと思う。 例えばストライプと呼ばれる斜め線の柄であるが、実はこの配色などは全て英国では学校、軍隊、団体などの制服用ネクタイであって、由緒あるもの。

全ての柄には名称があって、テイラーやデパートのネクタイ売り場では、名称を述ベるだけでその柄を出してくれる。

ネクタイにも流行や用途、目的により巾など違いがあるので、同一名称ネクタイでも数種を用意している店がある。 また、例によって御用達制度が存続しているので、どこの店へ行けば自分好みのネクタイが用意されているか、英国紳士たるもの周知していなければならぬ。

ストライプのひとつに英国海軍のパターンがある。 黒地に白と赤の細い線を配した柄で、町中でもよく見かける。 日本ではそんな事露知らずで、誰でも気に入れば使用しているが、英国だと、まず陸軍出身のものだと絶対にしめない柄で、このネクタイをしていれば海軍出身だなと判る。

ご存じの通り英国王室の男性は歴代海軍に籍ををおく。 したがって海軍の制服御用達が存在し、その名誉は幾代にわたりサビルロー街一番地のギーブスアンドフォークス社である。 勿論、一般の仕立て屋だからわれわれも購入出来るし、ここにゆけばロイヤルネービーのネクタイは確実に入手出来る。

ほとんどの日本人はブレザーコート(ジャケット)をスポーツ着としてランク付けしており、普段の着衣のように思っている向きも多いと思われる。 確かに制服の延長上に属する使用が多く、クラブや団体のワッペンなどを胸に配している。 これは同時にそれらのクラブなどではフォーマルウエアーと同意になる。

英国王室でも男性の第一礼装は燕尾服でもタキシードでもなく、海軍の制服であることは周知の事実。 したがって、たとえクラブのブレザーであってもロイヤルネービーのネクタイをすれば、準礼服として夜の席に着くことが出来る。

小さな約束事であるが、ブレザーを準礼服や夜会の服として使用する際には、ストライプタイを着用するのが英国のルールで、西陣のネクタイにブレザーではだめ。

ちなみに、日本人である小生がストライプを選ぶとしたならなにが良いかと、先年、ギーブスアンドフォークスに尋ねたところ、ロイヤルネービーを推薦してくれた。 つまりネクタイをすることは、ひとつの礼儀であり、英国に敬意を表する気持ちにつながるのではと、店員が勧めてくれたので、以来ストライプタイはほとんどロイヤルネービーをしめるようになった。

最初の2,3年は英国で、お前は英国海軍何期生だ、などとひやかされたこともあったが、今では、ロイヤルネービータイをプレゼントされるようになった。

日本の人と同じ感覚でブレザーを着用する人種としてアメリカ人がいる。 なにしろ旅行などでは特ち物を軽くするのにブレザーは便利。 旅行着でも夜の食事でもネクタイを替えるだけで輻広く利用が可能。

ところがアメリカ人たるやブレザーにエルメスとかレオナルドなどといったフランスのDCブランドのピンク柄など平気で着用におよぶから、セミフォーマルもぶら壊し。

ネクタイの着用で面白い英国人の観念として、彼らのほとんどはタイピン、タイタッグの類を使わないこと。 カフスボタンを多用するのにタイピンをしている人をほとんど見かけない。 ロンドンの町中でタイピンをしているのはアメリカ人と日本人などで、現地のサラリーマンを注意してみていても、まず見かけない。

ネクタイの裏面と表をブラブラさせている人もいるが、ほとんどはネクタイに関してはスマートに1本が中心に結ばれている。 また、日本人にくらべれば、ボタンをきちんと掛けている人が多い。 表と裏がバラバラにならない秘訣はネクタイの表側反対面にブランド名などを刺しゆうしたラベルがあるが、そこに裏の部分を差し込んでおく。

ある日本のデパートでネクタイを見ていたら、このラベルが縦に縫い付けてあるものがあったが、これは絶対に英国人は買わない。 つまりラベルがホルダーを兼ねている訳で、英国の著名タイにはラベルにとは別にホルダーが縫い付けてあるものを見かける。

よく日本人は贈物にタイピンを選ぶが、先方は必ずしもタイピンを喜ばないことを知るべきで、小生はぜったいタイピンは土産にしない、どうせ使ってはくれないから。

とくにストライプタイにはタイピンは駄目。 女王陛下の海軍にピンを差すなど、あの英国紳士のとるべき態度ではありますまい。(荒井利治)

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再び英国やぶにらみ第13話 ひつじと執事2010/04/24 06:58

1歩郊外に足を踏み出すとなだらかな丘陵がひろがるイングランド、大地に黒くピート炭のシミを残したスコットランドの裾野、空気までが凍りついているのではないかと錯覚したくなるシェトランドの地、いつ行っても雨にであうウェールズへの道。

英国の風景画はこれに点々とひつじの群れを描きそえればまず及第点。 それほど羊の放牧が多い。

輸出産業においても、国内消費にしても、羊毛の生産は英国が誇る主要製品として世界にも知れ渡る。 ゆえに、加工技術にもすぐれていて、背広の生地といえばまず英国物が有名。

羊は牛などに比べて飼育が簡単で、低温、多湿にも強い動物なので、英国の地に適した酪農として定着している。 その歴史も古く、年々、飼育量もいまだに増加の傾向にある。

各地の名所や遺跡を巡って土産屋を覗くと、まず目につくのは絵葉書。 それもブラックユーモアに属する漫画が圧倒的に多い。

秀逸のひとつにエディンバラで見付けた左右に1匹ずつの羊が描かれ、雨が降っているもので、解説の右は夏のスコットランド、左が冬のスコットランド。 どう見ても左右同じ絵である。 1日に晴れ、雲り、雨、霧と変化する国柄ゆえの絵葉書。

ところが、ウェールズに行っても、イングランドでも絵葉書を買おうとすると、同じ絵柄の絵葉書があって、違っているのはその地名だけ。

つまり、全国共通の絵葉書は、雨に耐えてたたずむ羊であって、そのユーモアが人気をよんでミリオンセラー。 絵葉書のひつじも年々増加中とのこと。

ひつじと一緒には出来ないが、英国で著名なのが執事の制度。 昔は金持ちの屋敷には必ず1人いたらしい。

近年ではパンダなどとおなじく絶滅にちかく、この職業がまぼろしとなる昨今らしい。 ひつじのように生き残れないらしく、日本のたいこ持ちみたいに、ただ終焉を待っている。

現在、英国に生き残っている執事は約100名程度と推定される。

この職業は単なる金持ちの従業員、召し使いではない。 まず、プライドは雇い主より強いぐらいの気構えを要求される。 執事を抱える程の金特ちともなると、たくさんの職種を有しており、その監督、取り締まりも兼ねる。 主人に代わって雇用、解雇も当然で、主人の好みに応じて全ての差配を掌る。

ひとむかし前までは、英国に執事の養成学校があり、歩行訓練、礼儀作法にはじまり、財産管理、遺産相続処理にいたる教育をして世に送り出していたが、今はもう存在しない。 何でも保存好きな国だから保存運動をする人も出たが、実際には、なり手と雇用者側サイドが釣り合わないので厳しい。

当然のことながら、執事を雇う金持ちの車となると、ロールスロイスかベントレー。 キャブレターの細部まで知り尽くして当たり前。 すごい手合いとなると、同じロールスロイスの音でも、主人の車か、客が来たのか聞き分けられるというから恐ろしい。

主人側からすれば、通常の雇い人に比べて通常5倍、優秀なバトラーともなると10倍の給料が普通で、そのうえ、寝室、食事、衣類などは全て確い主の負担だから、そんじょそこらの会社重役など足元にも及ばない。

それでも1時期、アラブの金持ちが金に糸目を付けず執事探しをして、サウジアラビアなどに相当数のバトラーが輸出された。

主人より早く起床し身支度を整え、目覚まし時計のかわりに、1秒も違わずに主人好みの茶を携えてベッドに赴く。 雨の日の新聞は濡れていたり、めくれ上がっている頁が必ずある。 当然のことながら紙面にアイロンをあて、未だ誰も目を通していない状態を作り出す。

主人の顔色を見て健康状態から、今日の卵はポーチドエッグなどといった子細まで判断をし、給仕に命じることを忘れない。 花好きの主人であれば、裏のバラの咲き具合なども朝のあいさつに組み込む。

アラブなどの投資家につかえる執事ともなれば、主要国の株価の状態、外国為替の動向など事前に暗記して即答出来なければ失格。

ある金特ちが死亡して遺産相続などの問題になった。 細君が執事に命じて処置をしようとしたところ、既に全てが終了していて税務処理までがなされており、怒った細君が訴訟を考えたが断念せざるを得なかった例がある。 勿論、法律上にも問題がなく、遺産は見事なまでに相続手続きされたし、執事が1銭も手中にしていなかったからである。

独断と偏見をフルに駆使出来る職業として、その職務の遂行は見事であった。 しかし、細君の不信は執事としての職務の修了を意味しており、主人の死を契機として職を辞した。 今度は執事から訴訟が起こされ、細君が相続した遺産の90%近くを退職金として執事に支払うはめに陥った。

英国ゆえのトラブルといえばそれまでのことだが、執事=プライドと云われるこの職業を示す例として興味深い。

1900年の始めには貴族階級にはかならず1人いた執事であるが、わずか80年の間に消え行く職業になってしまったのは、英国階級社会の斜陽を暗示させる指針ではなく、ひとつの職の終焉ととらえたい。 ひつじのように繁殖を期待する分野でもない。(荒井利治)

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再び英国やぶにらみ第12話 テームズの憂うつ2010/04/24 06:57

ヘンリーレガッタといわれる競艇レースは、テームズ河上流で、中の上クラスの人々が住み家としている町で、年1回行われるレースを除けば、静かに暮らせる地域である。 朝夕、テームズの流れを話題に過ごす人々も多い。

その下流は、マーロー、テームズに架かる吊り橋の協には、1653年に釣聖アイザック・ウォルトンが、釣魚大全の第1部を執筆した釣り宿とされるホテルがあり、今日では高級リゾートホテルに転身して営業を続けている。

たそがれ時ともなるタキシードや飾りめかした令人などがテームズをボートで乗りつけ、シャンパンを抜く音が川面に響く。

1夜の宿をとる日本人の団体はここでも健在で、到着するやいなやホテルの前で記念撮影を挙行、河辺の鴨や白鳥に歓声をあげて日本人の存在を誇示するので、冷ややかな目で見られる。

このホテルの欠陥は、顧客がボートやロールスロイスで乗りつける手合いが多いためか、とかく団体客、特にジャパニーズなどは敬遠されがちで、添乗員の方も先刻承知と見えて夕食をホテルでとらず、客を町のレストランやパブに送り込むらしく、キャンドルライトのテーブルには姿が見えない。

澄みきったテームズの流れは自然の冷房装置だ。 さらにいくつかの堰を下ると、テームズはボルターズロックと呼ばれる場所につく。

中州に建てられたホテルは、コテージ式の宿泊部分と手人れされた庭で構成され、エントランス近くの1階はレストランで、2階はオープンネアパブである。 中洲を挟んで西側が舟を水位で押し上げる方式の堰で、下流で順番待ちのボート、クルーザーで賑わう。 待ち時間を利用して、パブでビターやラガーなどのビールを傾ける客も多く、ホテルの大きさに比べて深夜まで客がとぎれない。

東側のテームズは自然流で、堰の落差があるために流れも早い。

テームズに限らず、英国の渓流は、両岸とも個人所有や管理保有地が多く、勝手に釣りは出来ず、入漁料を払って許可を得ないと釣りが出来ないことが多い。

澄んだ水には鱒類の絶好の住み家でもある。 ホテルなどがある場所では、ホテルで釣り券を購入出来、また宿泊者は無料で釣りが楽しめたりするが、どこでも同じで密猟者が必ず存在する。

英国の夏は夜10時まで明るいので、パブの営業時間と釣りの時間が同じ項がベストで、2階のパブで1杯飲んでいると、対岸では密漁者とホテルの従業員の追いかけっこが必ず見られて、酔客にとって楽しいパフォーマンス。

突然轟音をあげて離陸してゆくコンコルドの姿に空を見あげていると、パフォーマンスを長時間してくれた主役は木陰に隠れてしまって、アトラクションもここまで。

メイデンヘッドの石橋をくぐり抜けて、テームズはさらに南下してウインザーの町に入る。

城下町であるウインザーは、女王陛下の居城を中心に構成された町で、国鉄駅も東京の原宿駅のように王室専用ホームを持つ駅を含めて2ヵ所。 町外れのテームズ河には、王室のクルーザーも時々姿を見せる。

まばゆいばかりの初夏の太陽は、テームズ両岸の木々の緑を燃えあがらせ、英国の美しい自然をみせつける。 5~6月に係留されていた多くの船舶が一斉に手入れを始め、休暇の準備に入る。 冬から春にかけて澄んでいたテームズが汚れる季節でもあり、対策も講じているが、1年の汚れや排せつ物などの汚濁、そしてピクニック族が排出するゴミなど、ウインザーを境に急増してしまう。

テームズの憂うつの始まりの場所でもある。

観光客や子供の遠足などで賑わうハンプトンコートまでくると、川幅が大きくなってくるためか、河の汚濁も若千薄れてくる。

シェパートンからこの辺りまでのテームズの周辺には貯水池が多く、余剰の水がテームズに放水されることもあって、汚れが薄められるのだろうか。

さらにここから下流は大型船舶が通ることもあり、定期的にしゅんせつ工事も実施されているので、河川の掃除の効果もあるらしい。

ハーマースミスの南を蛇行してロンドン市内の中心に入ると、両岸から緑の縁がなくなって堤防となり、チェルシーの一画を横切る。 サッチャー首相もテームズの北岸近くに自宅があり、首相になる前には時折この川岸を散歩された。

ランベス橋の手前はテートギャラリー、テームズを愛した画家ターナーとコンスタブルの作品を集めた美術館として有名な場所。 近年塗り替えを終えたランベス橋の美しさに比べて何とも惨めな水面のテームズ。

特にこの辺まで潮の干満の影響が水位に出るので、引き潮の時は岸辺には水がなくなることもあり、コカコーラやビール缶の団体様が露呈する。

有名な国会議事堂とウエストミンスター寺院の前には、いつもしゅんせつ船がもやっていてテームズの憂うつを倍加させる。

そぞろ歩きの名所、ビクトリアエンバングメントの岸には、船を改造したパブが大はやり。 その上、パブ規制法が改正されたために、営業時間が拡大して、昼間でも一杯やれるようになったので、観光客が日中でもビールなどを味わえる。

飲めば出るのがチンチン代謝。 下水道完備のロンドンでも船舶までは配管完備とはいかず、テームズ汚濁の下手人になっている。

すぐ上手にはグリニッジやハンプトンコート行きの遊覧船の発着所があり、観光船がひっきりなしに行き交う。 過日チャーターのディスコ船がしゅんせつ船に衝突され、60名にも及ぶ行方不明があった事故の出発場所である。

エバンクメントの対岸はロイヤルフェスティバル、クイーンエリザベスと二つのホールがあり、護岸は緑地で、テームズ有数の釣りのポイントである。

汚れているとはいえ、浄化運動が効を奏して、サーモンが戻ってきた近年、鱒、鯉などの魚がこの付近にたむろしている。

音楽会やコンサートに来る連中は釣竿無用なので、時析、熟知した老人などは、午後の釣りを楽しんで成果を上げている。

ウォーターロー、ロンドンブリッジにくると川幅がさらに広がって、シチーと呼ばれる旧市内に入る。 どこでもそうだが、古い場所ほど開発が遅れていて、ロンドンでもこの地区は魚市場などの移転が遅れて、岸壁もきたなく、汚れも一部でたれ流しの状態。

跳ね上げ橋で有名なタワーブリッジまでくると、マーローやボルグーズロックの水が同じ河とは思えない。 女王陛下の宝物を展示したタワーオブロンドンから聞こえてくるビーフィーターの解説、世界各国の言葉に混じって時折テームズからの異臭を感じるこの辺りである。

東京の勝どき橋と同じ構造で橋を揚げて船舶の通過を待つタワーブリッジは厚化粧を施し、博物館も兼ねている。 最上部の歩道から見下ろすと、テームズにその姿を写し出すのであるが、テームズは、その色合いを投射することが出来ない。

水の汚れがテームズの憂うつである。(荒井利治)

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再び英国やぶにらみ第11話 国鉄が作るキリスト様の夢2010/04/24 06:57

1989年夏の英国は、国鉄の定時ストライキ、地方公務員のストライキ、港湾労働者のストライキがあり、新聞やテレビのニュースはこれらのことで一杯。 その上に、国鉄のストに呼応して、ロンドン市交通局の労働者がなんとストに協賛する意とかで、国鉄が行う毎週水曜日には、市バス、地下鉄などを一斉にストップしたので、観光客だけではなく、市民、国民を巻き込んだゼネスト的結果となった。

国鉄のケースとみると労働側のボスは、北東部のニューカッスルに本拠地を置き、経営側はロンドンで双方勝手な主張をくりかえすのみで、仲介委員会などはほとんど効果をあげず、5.5%と8%の要求主張をガンとして譲らないままに、2ヵ月延々とストをぶちあげた。

調査によると、日本では1週間を通じて交通機関の利用率が1番低い日とされており、ストなどが実施された場合、1番被害が少ないと推定されているが、英国では5日制が徹底しており、シティーを始めとして、国際取引の中心であるロンドンでは、時差の関係からも1週間がピークとされる。

元来、スト馴れの国民ゆえか、もっとストに国民から文句が出てもいいと思うのだが、新聞の情報などをいち早く分析して、それぞれに自衛対策を講じて、どこ吹く風といった按配がロンドン子らしく、観光客だけがやたら慌てふためく。

まず、ロンドンのホテルは全て早々と満室となり、予約は不可能となる。 友人、知人の家に寄宿するケースも多く、変わった宿借りの例として、馬小屋に寝泊まりするサラリーマンも出た。

公園都市ロンドンといわれ、市中でも多くの人が乗馬を楽しむ姿をよく見かけるが、今年の国鉄ストでは多くの馬が受難した。

短夜のロンドン、馬達は屋外に係留され、馬小屋のわらを敷き替えて、その上にシーツでカバーして一夜の宿を得たサラリーマンが多かった、とBBCはテレビニュースで報じていた。

キリスト様の夢でもみたのかしら。

ハイドパーク、リージェントパークなどの公園の一部に、鉄板を敷き詰める作業が夜を徹しておこなわれた。 数100ヤードにも及ぶコイル巻きされたもので、地丁鉄工事の道路に張り付ける鉄板の比でない。

クレーンを持ち込んでの作業で、最初は判らないから、公園の工事でも始まるのかとテレビを見ていたら、なんとロンドン警視庁が準備を進めている仮設駐車場で、国鉄ストに伴って、普段は列車通勤組がマイカーで出勤してくるための用意であった。

さすがストライキの国と感心したものの、仮設駐車場のために大量の鉄板コイルをどんな予算でやりくりするのか、例によって好奇心で尋ねると、これはストだけではなく、国家行事などやパレードなどの際に、公園や非舗装地帯を利用する場合、芝生などを傷めたり、轍などを残さないように使用するもので、使用頻度も高く、警視庁の備品などとして配置されているとのことである。

ちなみに芝生の場合、鉄板などにより均一に重量がかかるケースでは、タイヤで踏まれるより傷みも少なく、蘇生も早いそうである。

日本でもストなどの際に、自転車やジョギングで通勤したなどと報じられることもあるが、ロンドンでもこの手で解決する例も多い。

ただ会社に泊まることは厳禁で、情報スパイ防上策、警備契約違反などから無理らしく、貸フトンもない。(荒井利治)

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再び英国やぶにらみ第10話 運転手不足2010/04/24 06:56

英国人だけではないかも知れないが、店員とか社員などといった労働者階級の人的管理について、日本人がその場で経験すると戸惑いたくなるケースが多い。

デパートなどの買い物の際、店員はひとりの客と応対していると、脇に何人が待とうが一切関係なく先客だけに専念して、しばらくお待ちをなどといった愛想はみじんも見せない。

その上、閉店時間がくれば試着の最中でも、本日は終わり、と、試着中の物を取り上げて姿を消す。

ブティックなどの店員で、売り場の担当が定められている場合には、他の店員に声をかけても取り合ってくれず、担当者を呼んでくれるだけである。

更に、日本のデパートの感覚で商品に触れると、ひどいけんまくで怒鳴られる。 店員にすれば、商品の配列も仕事なので、やたら掻きまわされて、後始末に時間を食ってはかなわない。

労働協約がはっきりしており、自分に与えられた職務を越えて客にサービスなどすれば、他の店員から突き上げがあり、極端な例では、組合から抗議が出ることもある英国では、全体に愛矯をふりまく必要がない訳で、自分が現在応対している客だけに目一杯の愛想で、売り上げを増やすことが責務である。

一昔前であるが、英国に到着して3日目に列車の旅をすることとなった。

英国の国鉄では、長距離列車には必ず食堂車が連結されていて、イギリス/スコットランド線などは、昔ながらの午後のハイティーを楽しめる。

ところが前日に、サッチャー首相の消貴税引き上げ法案が国会を通過、その日から15%に変更になった。

英国では、税転嫁方式ではなく、税込み制度であるために、食堂車の料金も急拠変更となった。

ところが、食堂車、売店など、全てが一斉に商売を休業。

なぜなら、税金の計算が出来ないのと、ボーイが改訂税率による金額を算出、営業するのは、担当者への職務行為の越権となるので、あえて食堂車を閉めた方が無難との判断からで、材料の全てがパー。 途中駅の売店も全て閉鎖で、空腹の旅となった。

たまたま1等車を利用していて、食堂車の隣だったので、ボーイにコーヒーを頼むと、紙コップではなく陶器のカップでいいかと聞かれたので、飲めるものなら器はなんでも良いと答えると、なみなみとついだコーヒーをくれた。 紙コップだと員数で売り上げになるが、陶器であれば、どうせ売れないコーヒーだから捨てるだけ。 へんな理屈に感心しながら無料のコーヒーを味わった。

若干のチップをコーヒー皿に付けて返すと、ウインクで答えてくれた。 4日目後、帰りの汽車でも、依然休業の食堂車をみて、まだ英国国鉄の消費税係が作業を終えていないのだなど、自問自答の時間を過ごした。

1988年の夏の事、テームズ河上流の堰にそった旅篭に宿をとった。 浩宮皇太子が研究された水上交通のポイントで、舟の上下が景色に溶け込む環境で、すっかり気に入った。 ロンドンまで列車で50分、ここから仕事でロンドンへ往復した。

ある日の夕方、パディントン駅まで戻ってきて、旅篭に帰ろうとして掲示板を見上げて驚いた。 運転手不足につき、乗る予定の列車がキャンセルとの書き出しである。 ど田舎ならともかく、ロンドンの中央駅で運転手不足とは。

まわりを見渡すと次々に列車は発車してゆくし、後続列車も予定通りで、わずか数列車が運転手なしで運休。 やりくりなどしようものなら当然組合からの抗議となるということらしい。

(荒井利治)

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再び英国やぶにらみ第9話 ボランティアが趣味?2010/04/24 06:55

隣に行って味噌を借りてくるほど、戦前の東京の下町では、隣近所の付き合いも深く、勝手知ったる関係が存在した。

英国の田舎では、今でも隣近所の付き合いを尊ぶ気運が残る地区があり、そんなところではボランティア活動が社会通念として生きていて、感心させられる。

デボンの田舎を尋ねた折、知人の世話になり2泊した。

最初の夜は夫妻と共に夕食をしたが、翌日細君の方がボランティア活動のために、今夜は失礼すると申し出があり、理由を聞いたところ、老人看護にゆくとのこと。 両親は既に居ない筈なので誰だろうと尋ねると、なんと他人の看護。

英国では、成人学校があらゆる種類存在し、家庭にゆとりが出来ると、これらのクラスに婦人会などを通じて入学し、資格を取るケースが多いそうで、実際に就職などに際してもこうした資格が生きる。 友人の細君は、3年かけて準看護婦の資格を成人学校で取得し、地区のボランティア活動機関に登録したのだそうだ。

職住一緒の場所なので、昼間仕事をすすめていると、細君が今から出掛けると挨拶にきてくれた。 チーズとパンと、庭で摘んできたストロベリーが食卓にあるから昼食に、と言い残して自家用車で外出。

友人と2人で、夏冷えする食卓でパンをちぎり、チーズをはさみ、デボン特有のクリームをのせたいちごをつまみ、なんとなくわびしい昼食を戴いたが、ボランティア活動を称賛する友人を見ていると、心あたたまる思いがした。

日本でも拡大している老人痴呆症の看護だとのことであったが、完全看護制度は英国でも完璧ではなく、このような無料奉社が、隣近所そして地区福祉を支えているとのことで感心させられた。

英国には未だに蒸気機関車が健在で、英国国鉄の鉄道博物館ではは動態保存車両がある。 マニアにとってはなんとも嬉しい限りであるが、民間鉄道にも実際に営業をしているミニチュアレールなどが点在する。

南部地区で現在、英仏海峡をトンネルで結ぶ工事が進行中の、フォークストーンの町はずれから20km近い距離を走るロムニー鉄道は、レール幅約40cmのミニ鉄道ながら、トーマスクックの時刻表にも掲載される立派な鉄道である。

11両の蒸気機関車には、ウインストン・チャーチルの名を冠したものもあり、相当量の客車がある。

1等、2等、売店車などを連結してあるが、大人が座ってやっとの高さの車両だから、間違っても走行中に立ち上がると、陸橋などを通過する際、一巻の終わりを覚悟せねばならない。 途中、国道などを横切るので、踏み切りで人々から見上げられるのではなく、見下げられての通過となる。

ウェールズのポートマドックから約1時間かけて登る山岳蒸気機関車鉄道、終着駅は英国鉄道との連絡接続している本格派。

ところがこれらの鉄道は、政府免許の保守管理、経営、保線作業などのほとんどが、ボランティアにより運営されている。 つまり、趣味の会が経営しており、賛助会員は世界各国に存在している。

かく申す小生もその会員で、年会費を納めているが、会報や会員証など日本まで届けてくれる。

まさしく趣味が昂じての感があるのだが、一度味わってしまうと、自分なりの趣味をボランティアとの大義名文にすり替えてしまうのは、気質というか道楽といわれるのか。(荒井利治)

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再び英国やぶにらみ第8話 パブの小道具2010/04/24 06:54

1ペンスでも安いと評判になるほど、隣接して存在する英国のパブでは、自分の店で金をかけて小道具を揃えることは稀で、ほとんどがスポンサー付きの物で賄う。

何1000と言われる地酒ならぬ"地ビール"があり、ロンドンなどのパブでは、大手ビール会社による経営もあるが、独立した店舗も多く、数あるブランドから、系列によってラガーは何、ビターはどこ、といった選定で販売している。

近年、パブの法律が改定されて、従来の時間制限販売は撤廃され、昼下がりから夜まで通して営業出来るようになった。

ところが、従業員との労働協定はそのままゆえに、今まで通りの営業時間でしか商売をしない店がほとんどで、実質的にはあまり変わっていない。

まずビールであるが、ジョッキは1/2パイントと1パイント(534ミリリットル)用の2種類があり、ビール会社から提供される。 取手付きのものは少なく、どでかいコップといった感のもので、脇腹に大きくビールのブランドが印刷されている。

パブの中は都営バスと同じで、定員のわりに座席が少ないのが普通で、立ち飲みが常識。

日本の居酒屋と違ってアテ(つまみ)などないし、ロンドンねえちゃんのよく育ったおしりが肴となれば、ちょっと寒くても、外の方がビールはうまいというもの。

飲んでる最中でも意気投合すれば、ジョッキを窓の下や街路樹に挟んで帰ってしまうカップルもいるので、身銭をはたいてジョッキを仕入れるパブなどあろう筈がない。

今まで、幾つかジョッキをそのまま載いてきたが、がさ張るので、結局はホテルに置き去り。

次にはジョッキをおくコースターで、これもビール会社やウイスキー会社などの寄贈によるもので、分厚くて程よく水分を吸い込む材料で作られた物が多い。

面白いのは、ブランドなどが両面一杯に描かれていて、白い部分が少ない。 片面印刷だと競馬の予想などを書き込んで、ポケットに人れて持ち帰るケースが多かったので、広告する側の知恵とパブ側の支度時間省略の両面のメリットが、こんなコースターを誕生させた。

タバコ好きの英国人だがら灰皿はパブの必需品で、テーブル、棚、カウンターに所狭しと置かれているが、これまた、ビールや酒の宣伝が一杯で、あまり面白いものがない。 ちょっと深めの皿の感じが主流でこれにも訳あり。 深い灰皿だど、客がタバコを消すのにビールの残りなどを注ぎ込むことがあり、時間がたつと悪臭を出す。 さらに、店員がジョッキを回収しながら、灰皿の中身をごみ箱へほうり込むのであるが、水分が入っているとこれができない。 乱暴な店になると、まとめたゴミを店の前の道路に、営業中にビニールに入れてほうり出す。

チューリップに似たグラスはジンやウイスキー用で、水割りなどを頼むと、底にアイスを少量入れて出してくる。

北の方ではアイス抜きの人も多いので、日本人には水割りが濃い感じがするが、実際には度数が低いので、それほど酔っぱらうこともないようだ。

カウンターには分厚いタオルが敷かれているのが普通で、これもビール会社などから持ち込まれたものである。 日本と違って英国のビールは、ジョッキ上部の泡が少なく、まさしくなみなみと注がれたビールが目の前に出される。

友人の分のジョッキと2個を受け取って支払いを済ませて、やおら自分の分のビールを口からお迎えで、タオルの上に置いたまま1口すすり、友人のジョッキの尻を拭く所作が出来れば満点。(荒井利治)

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再び英国やぶにらみ第7話 小さな不文律2010/04/24 06:54

慣習や文化が違うのだから、成文化しなくても英国紳士として守り抜く心構えが必要で、階級によっても違うのだろうが、先の昭和天皇の大喪の礼の時に、拝札に立たれたエジンバラ公のスタイルは、まさしくブリティッシュトラッドであった。

大葬殿までの間、雨に濡れることがないようテントが張られていたのに、殿下の正装フロックコート、シルクハットと共に左腕に大振りの洋傘があったことを覚えている方も多い筈。 まさしく、ささない傘を持つ紳士のたしなみと拝見した。

この持ち方にも一言があって、柄の部分を手で持つのは下世話の民で、高位は二の腕にさし込むようにする。

大体、洋傘を買い求める時に、その位置にさしてみて、柄の先端が身体側で緩みがなく、傘の先端が若千内側に保特できることを確認して購入するのが、たしなみというもの。

拝札を了えて、背筋をのばして退席される殿下の傘の先端に関心を持つのはやぶにらみの権化かしら。 英国を旅して気になるのは、扉も洋傘と同じような不文律を感じてしまう。 勿論、今はやりの自動ドアーなど論外で、ホテルの部屋などは通路スペースの関係から、世界中がほとんど押す方式だが、玄関をはじめとして、それ以外の場所の扉は手前に引く扉が多い。

昔からレディーファーストのお国柄もあって、連れ立って出掛けても、扉を開けるのはエスコートする男性。

押し扉だと中から出てくる人にぶつかったりするし、また、介添えするのも手前引きの方が便利で、生活の知恵といえなくもない。

出人りの際、リフト(昇降機)使用の時なども、女性を先にするのは欧米の慣習であるが、どうも扉の設計も無関係ではないらしい。

ホテルのドアボーイなどでも、手前に扉を引き、軽く会釈をされたりすると、思わずチップコインとなるが、押し扉で、こちらと身体がすれあう感じだと、チップは思いつかぬ。

まったく知らぬ同士が、同時にひとつのドアーの前に立つことがある。 そんな時の英国の連中は、かんぱつをいれず取っ手を引き、お先にどうぞと扉を開けてくれる。 そのタイミングの見事さは、常に習慣となっていないと出来ないマナーで、付け焼き刃では無理。

12,3歳の子供でもなんなくやってのけるので、習慣とはおそろしいものと感銘を受けることが度々。

押し扉の時も、日本人は自分が入れば振り向きもぜずに手を放す。 ところが英国の人々は、後ろに人の気配を感じると、次の人がドアーを押さえる迄待つのが普通。 サンキューを言い合いながらの礼儀は見ていても美しい。

あなたお先に、というのだがら、ユー・アー・ファーストとか言うと思うと、これが違っていて、英国英語ではフォロー・ユーが正解。 あなたの後にとか、あなたに従って、といった意味を含んだ言葉を多用する。

こんな英国紳士も、これらの小さな不文律を守らないのは2ケ所。

まずひとつは映画館や劇場の便所で、ほとんどが不機嫌な顔で、鬚をなぜつけ飛び込んでくる。 便所だけは異性別だし、幕間にバーで1杯が普通のお国柄だがら、ネーチュアコールはまったなし。

あとのひとつは、新婚初夜の床人りで、独身者からいびられながらの宴も了え、ホテルの部雇に戻る際、扉を開錠した後、最愛の花嫁を両手に抱きかかえて、扉は足で蹴飛ばして開けるのが、美女と野獣のステージ開演で、これまた紳士の習わしなのである。(荒井利治)

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再び英国やぶにらみ第6話 消えゆくジョンブル2010/04/24 06:53

第二次世界大戦で、日本が世界に大きな迷惑を与えたか知らない日本人が主流となってきている今日、最近の報道などを見ていると、戦争責任を中心に問題が広がりつつあるのは遺憾千万であるが、外国を旅する度に、配給物資や芋、すいとんで育った小生にすれば、日本はなぜ自分達の被害をもっと声高に主張しないのか不思議に思う。

負けた国は何も主張出来ないのであれば、なんで講和調印の意味があるのか。 特に七つの海を制覇した英国がこの問題になると、必ず再燃させるのは何故なのか。

フォーグランド戦争の時もそうだが、昔の英国であれば、国の威信にかけて取り戻すのが決議され、国中が一丸でこれに応えた筈で、金銭とか他に及ばす影響などは後の事。 国王を軸に、国の尊厳を全うするのが明治以来、日本が英国を師と仰いだ基本であり、ジョンブル精神の機軸であった。

ところが国会では、早速サッチャーにかみつく議員が続出して、軍事予算に回すなら福祉予算に使うべきで、フォークランドの国益と老人年金が天秤に掛けられる始末で、誠に現実主義を垣間見る事となった。

ところで、やたら駆け出すのは日本人、と云われるが、最近のロンドンの駅の通勤風景を見ると、帰宅の列車の座席を確保しようと、ヒゲの紳士もホームをマラソンしていて、しまらないことおびただしい。

行列好きの国民だけど、列車の席の配列がめちゃくちゃの車両ゆえに、ホームで行列を組めず、以前の青森駅の連絡口みたいな競争を、今日もバディントンやキングスクロスで見かける。

一昔前なら悠然としてジョンブル紳士はホームを駆けることはなかった。 ビジネスでも従来の経営者は、取引先に対して強制したり、ノルマを課すことを恥とした。 ジョンブルには、武士は食わねど高楊枝の気位があった筈。

ところがスローンレンジャーと称するアメリカ型エグゼクティブが台頭してきた現在では、ユダヤ商人が舌を巻く程のがめつさを強制してくる。

温情などさらさらなく、利益をあげれば自分の懐が潤う歩合給契約の重役達がビジネス街を牛耳るのが今時の英国である。

ジョンブル紳士は、人を救うことを知っており、故に人から敬意を持たれた。 あえて人の為にネクタイを結ぶ人種であった。

ダークスーツよりもカントリージャケットをいかにうまく着こなすがが大切なことで、週末は人の和の中に溶け込むことがジョンブルの生きざまとされた。

何代と続いた世襲制度が崩壊し、ビジネス本位の経営が押し寄せた1970年代後半から、働かざる者食うべからずのサッチャービジョンの影響下で、企業の買収、乗っ取り、併合などが拡大し、ジョンブル経営者は次第に締め出されるか退任を追られていった。

かくして、金になるものなら日本の企業でもなんても受け入れ、在英企業として認知し、輸出拡大も図られたが、一部であっても経済協力を仰ぎながら、かたや戦争責任云々は、由緒あるジョンブルなら言えた義理じゃない。

著名な新聞、ザ・タイムスだって、今は乗っ取られて、ジョンブルではない。 メードインジャパンのダンヒルの靴下を買う英国人、そして売る英国人を見ていると、英国のジョンブル精神の薄れ様を確かめる思いで心が痛む。

失業率の高い英国を知る時、利己主義に包まれて、偉大な包容力と尊敬の念で、長い歴史の中に培われてきたジョンブル精神が、消えてゆくのを懸念するのは私だけだろうか。(荒井利治)

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再び英国やぶにらみ第5話 ティーカップ2組、皿2枚2010/04/24 06:52

ドライアイスの煙りの中をゴンドラに乗った新郎新婦が登場する披露宴、タンスに始まる嫁入り道具、多額の結納金など、英国でいくら説明したって判ってはくれないし、どこの王室の結婚式なのかなどと質問にあう。

18歳にして独立し、親元を離れて核家族化してゆくのが普通の英国では、王族や貴族でもなければ見合い結婚などはないし、他民族混合の国ゆえか、外国人との結婚も日常のことである。 離れて住んでいれば、クリスマスにも親元に帰れない子供もあり、クリスマスカードの交換で無事を祈りあう年もある。

英国人は通常1日5回紅茶を味わうとされるが、これもコーヒーにかわりつつあるのは自然の流れ。 サンドイッチよりハンバーガーが主流となってしまった今日、紅茶では合わないようだ。

従来は、起きぬけの1杯、11時のブレイク、昼食、午後4時のアフターヌーン・ティー、そして夕食後か就寝前、と紅茶を楽しむのが習わしの英国であった。

三つのポットを用意して、紅茶、熱湯、同量のミルクが基本で、紅茶とミルクをカップに注ぐ。 熟湯は2杯目以後紅茶が出過ぎて濃くなった時のうすめ湯である。 どちらを先に注ぐかは有名な議論でいまだ解決せず。 どうやら家ごとに違うようで、世襲で注ぎ方が決まっているらしい。

日本やアメリカではレモンティーを愛飲するが、英国では特別な例を除いてはレモンは使わない。

アフターヌーンティーの時には、紅茶のほかに薄切りのきゅうりをはさんだサンドイッチ、スコーンと呼ばれるソフトブレッドにたっぷりのジャムかマーマレード、あまり堅くないビスケット(間違ってもクッキーとは言わない)が供される。

イングランドではこの程度であるが、スコットランドではローストビーフなどが出されることも多く、早い夕食の感じを増す。 したがって夜食は簡単にすませることとなるが、ビジネス優先の今日では次第にイングランドスタイルになりつつある。

さて、主題の2組のカップと2枚の皿は新婚カップルに親が贈る結婚祝いなのである。

それぞれの家庭には愛用の陶器があり、有名なものにはロイヤルドルトンやロイヤルウースターなどがある。 これらの業者は、一つのパターン(図柄)を100余年にわたり製造しており、その種類も多い。 家族が増えても買い足しが出来るし、壊れた際にも補充も出来る。 2組のカップと皿2枚に祈りを込めて、若いカップルに同じ柄の食器を増やす家庭をつくるように贈るのである。 新家庭でこれがあれば食事や、アフターヌーンティーが楽しめる訳で、日本のように各種の食器を必要としない英国であればのことだ。

このような背景があるから、華族や王室などの館や城を訪れると、食器棚にきらぴやかな食器類が収められて、宝物のごとく展示されていたりする。 紋章が刷り込まれた見事な物も多い。

庶民にとっても同じことで、ロイヤルドルトンの一つの柄を自分たちの家の図柄として何代にもわたり使用してゆくのが習わしというもの。 英国の陶器業者はこの風習に対して、皿1枚の注文でも粗未にすることなく届けてくれる。 こわれ易い物なのに、国内、海外を問わず注文を受けるのも特徴で、彼らにとってはいまだに英国人は世界中に健在といった感覚。(荒井利治)

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