フライフィッシング内緒話 第9回 0.2秒のドラマ ― 2010/04/24 08:05
暑かった今年の夏も終りに近づいた8月のある日、東北自動車道を南へと走っていた。
佐野、藤岡インターで下車し今度は国道50号線を高崎へ、ここから、18号線に入り妙義山と横川名物「峠の釜めし」を左手に眺めて碓氷峠を越える。
バイパス出口で150円を払って、軽井沢で一休み。 小諸、上田を通り千曲川と信越本線それに国道18号線が一まとめになった所に目指す目的地があった。
仙台から片道9時間の旅であった。
NHKの人気番組ウルトラアイで毛鈎でアマゴを釣るのを放送した。 内容が内容だったので、御覧になった人も多いと思うが、番組の中で、名人は次々に釣っているのに、アナウンサーは、魚が飛びついては来るのだが中々釣ることが出来ず、とうとう釣堀でアマゴが何秒間毛鈎をくわえているかを測定したら、「僅か0.2秒という結果が出ました」と、言っていた。 アマゴに非常に近い仲間のヤマメでも、同じ結果になることは当然で、フライ・フィッシングをやり初めた頃は、手も足も出ず、イワナかニジマスを狙っていたのが、数年もたつとヤマメの魅力に取りつかれ、逆に「イワナはのろくて」などと言いだす。
さて番組の中で測定された0.2秒という時間は、毛鈎に似せて作ったセンサーを、アマゴがくわえている時間を計ったもので「アマゴが、くわえて餌ではないと判断し、吐き出すまでの時間です」と、説明していた。 そう時間の違いは無いと思って、そうしたのだろうが、ここで疑問を感じなかっただろうか。
もし本物の虫だったら何秒後に飲み込むのだろうか、そして本当の毛鈎でも同じなのだろうかという疑問である。 この疑問は我々に大いに関係があるので気にかかるところである。
フライ・フィッシングをしている人なら、かなりの人が経験していると思うが、釣り易い毛鈎と、釣りにくい毛鈎がある。
ほかならない、くわえている時間の差である。 くわえている時間がほんの僅かでも長ければ、多少合せが遅れたり、リーダーが曲がっていたり、一瞬毛鈎を見失っても、魚を合せることは可能である。 勿論、時期、場所、時刻、魚のスレ具合等で大きく違って来るがそれでも差があるという事実ば拒めない。 ところが残念ながらこの違いを測定するのは不可能である。
しかし、はっきりした事実があればなぜそうなのかを考えることは出来る。
はっきりした事実、それは毛鈎が魚に飲み込まれた、という事実である。 フライ・フィッシングの経験者ならわかると思うが、ニンフやウェットならいざ知らず、ドライ・フライで向こう合せは殆ど無理なことである。
例外的に、毛鈎が沈んだ時偶然に起きることがあっても、浮いている状態では、まず不可能なはずである。
ところが、この事実が報告されて来た。 1件や2件の報告なら珍しいですむのだが、7件もデータが集まってくると首を傾げざるをえなくなる。
見方に依ってはたった7件のデータである。 しかし共通部分がかなりあった。
サイズはけっして小さくない。
10番から14番である。 全ての報告が一瞬合せが遅れたといって来ている。 そして全ての毛鈎がハックルに共通性を持っていた。
したがって、たった7件のデータと無視するわけにいかないのである。 しかも報告が入って来たのは、ここ2年の内なので、今後益々報告が入ってくる可能性が大きいのである。
ハックルというと、カラーによる分け方と、鳥の種類による分け方があるが、後者の場合随分大雑把な分け方がなされている。
よく使われているのが、レギュラーとスーパー。 多少鳥の種類が分った人が使うのがインディアンとドメスティック。
どちらも、かなり大雑把な分け方である。
ニワトリの種類は、約2000種類ある。 この内登録されているものだけでも、200種類をゆうに超えている。 現在日本に入って来ているハックルだけで、インディアン、バンタム、フィリッピニアン、ゲーム、チャイニーズ、コーチン等々、ニワトリの種類でハックルを分けるなら、最低でもこれくらいには分けてほしい。
さて、9時間も掛けて長野まで出掛けたのは他ならない問題のハックルを作っている本人、小平高久氏に会うためである。 駐車場に車を入れると、本人より先にニワトリが出迎えてくれた。
ゴールデン・ジンジャー、ストローダン、ダンバジャー、毛鈎に関心のある人なら、喉から手の出る程ほしい鳥が、なにげなしに餌をついばんでいる。
挨拶も早々に鳥小屋へと向かう。 中に入ると一斉に騒ぎ出す声と臭いとで一瞬足が止まる。 懐中電灯で照らすと光の中にグリズリーが浮かび上がる。 隣の金綱の中から、金色のコーチンバンタムが首を覗かせている。 彼の話によれば、この小屋は純粋種が入っていてそれぞれを掛け合せることで、狙った色を作っているそうである。 所謂F1、一代雑種を作り出している。 正にバイオテクノロジーそのものである。
従って雛より親の方がはるかに大事である。 親が純粋種であればこそ出来る仕事なので親鳥は数箇所に分散して、更に第二、第三の予備を用意している、とのことだった。
翌日は、彼が手塩に掛けて作ったハックルのテストである。
幾つか峠を越えて北アルプス穂高岳が見える安曇野へと向かった。
天候は晴れ。 気温33度。 雲は遥か上高地の方角に入道雲が掛かっているだけの暑い夏の真昼間。 川は、アルプスの雪が溶けて伏流水となり、この付近で地表に湧きだす典型的な盆地の川。
この水を利用してあちこちでワサビの栽培と、魚の養殖をしている。
水温は湧き水とはいっても、38日間も真夏日が続くこの頃では、けっして冷たいとはいえない。 勿論ライズのかけらもない。 フライで釣るには最悪の条件である。
彼が作ったハックルを、一番初めに認めてくれた人は、彼の仲間以外では、残念ながらフライマンでは無かった。 テンカラ(和式の毛鈎)で釣りをしている人達だった。 理由は、簡単明瞭、只一言、釣れるから。
おそらく今でも、何の話も聞かせられずに、彼のハックルを見せられたら、真先にボツにするだろう。
ひたすら堅いハックルを望んている人は、あまりの柔らかさに幻滅するだろう。 ミッジが巻けなければ、ハックルの値打は無い、と思っている人は、まるで極小の毛がついていないのを見てガッカリするだろう。 多少話を聞かされたとしても、鈎の巻方を聞かなければ、彼のハックルを、完全に使いこなすことは難しいだろう。
それ程彼のハックルは従来の物差しでは計ることが出来ない常識はずれの物だった。 もっとも一度でも、このハックルで巻いた毛鈎で魚を掛けて見ると、今までの常識が如何に作られた話だったということに気がつくのだが。
テストは14番の鈎から始めた。 二度三度流して見ては毛鈎を交換する。 何度目かの鈎で当り鈎を見つけると、同じパターンで鈎を小さくしてゆく。
18番まで交換したところで今度は逆に大きくした。 12番、10番と変えても結果は同じだった。 しかも、10番で魚が釣れ始めると18番はあたりが遠のいた。
今までまことしやかに言われていた常識が、もののみごとにひっくりかえった。
おそらく、この様な条件ならイブニングライズ迄ひたすら待つか、あるいはどうしても釣りたい人は、ティペットを7Xか8X(0.3号位)にし、フライサイズは、当然ミッジの20番、場合によっては見えにくいのを覚悟で、26番の毛鈎で釣り出すことだろう。 そして悪戦苦闘の末ようやく掛けた1匹の話を、ここ数年仲間内に話続けることだろう。 時と共に尾ヒレをつけて
今回長野まで来た目的の一つはこれで達成した。
もう一つの目的は、彼がこれまでにため込んでいる、ハックルに関する膨大なデータを、如何にして整理するかについてアドバイスすることだった。 勿論、私がアドバイスするのだから目的はコンピュータにインプットしてデータ・ベースを作ることにある。
多分、近い将来データ・ベースは完成するだろう。 その後、データ・ベースを整理することで新しい発見が出てくるかもしれない。
さて、残念ながら彼のハックルを入手することは、ここ数年極めて困難である。 彼が納得しないハックルを世に出したがらないのと、親鳥の数が少ないからである。
それでもどうしても彼のハックルが欲しければ、彼の仕事を手伝うことである。 大事なのは純粋種の親を守り続けることである。
この為の組織、ルースターズ・ネックハックル・アソシエーションに参加することである。
勿論大変なことである。 鳥小屋を作り、毎日欠かさす餌をやり野犬やへビから守らなければならない。
魚がフライをくわえている0.2秒間をドラマの幕が開いている時間とすれば、ロッドもラインもハックルも、総てドラマのための舞台装置でしかない。
10年掛けてハックルは完成した。 後はフライマン自身が創るシナリオが残されている。(三浦剛資)
(「北の釣り」1985年12月号 No.42 P84-86掲載)
Copyright (c) 三浦剛資, 1985. All rights reserved.
佐野、藤岡インターで下車し今度は国道50号線を高崎へ、ここから、18号線に入り妙義山と横川名物「峠の釜めし」を左手に眺めて碓氷峠を越える。
バイパス出口で150円を払って、軽井沢で一休み。 小諸、上田を通り千曲川と信越本線それに国道18号線が一まとめになった所に目指す目的地があった。
仙台から片道9時間の旅であった。
NHKの人気番組ウルトラアイで毛鈎でアマゴを釣るのを放送した。 内容が内容だったので、御覧になった人も多いと思うが、番組の中で、名人は次々に釣っているのに、アナウンサーは、魚が飛びついては来るのだが中々釣ることが出来ず、とうとう釣堀でアマゴが何秒間毛鈎をくわえているかを測定したら、「僅か0.2秒という結果が出ました」と、言っていた。 アマゴに非常に近い仲間のヤマメでも、同じ結果になることは当然で、フライ・フィッシングをやり初めた頃は、手も足も出ず、イワナかニジマスを狙っていたのが、数年もたつとヤマメの魅力に取りつかれ、逆に「イワナはのろくて」などと言いだす。
さて番組の中で測定された0.2秒という時間は、毛鈎に似せて作ったセンサーを、アマゴがくわえている時間を計ったもので「アマゴが、くわえて餌ではないと判断し、吐き出すまでの時間です」と、説明していた。 そう時間の違いは無いと思って、そうしたのだろうが、ここで疑問を感じなかっただろうか。
もし本物の虫だったら何秒後に飲み込むのだろうか、そして本当の毛鈎でも同じなのだろうかという疑問である。 この疑問は我々に大いに関係があるので気にかかるところである。
フライ・フィッシングをしている人なら、かなりの人が経験していると思うが、釣り易い毛鈎と、釣りにくい毛鈎がある。
ほかならない、くわえている時間の差である。 くわえている時間がほんの僅かでも長ければ、多少合せが遅れたり、リーダーが曲がっていたり、一瞬毛鈎を見失っても、魚を合せることは可能である。 勿論、時期、場所、時刻、魚のスレ具合等で大きく違って来るがそれでも差があるという事実ば拒めない。 ところが残念ながらこの違いを測定するのは不可能である。
しかし、はっきりした事実があればなぜそうなのかを考えることは出来る。
はっきりした事実、それは毛鈎が魚に飲み込まれた、という事実である。 フライ・フィッシングの経験者ならわかると思うが、ニンフやウェットならいざ知らず、ドライ・フライで向こう合せは殆ど無理なことである。
例外的に、毛鈎が沈んだ時偶然に起きることがあっても、浮いている状態では、まず不可能なはずである。
ところが、この事実が報告されて来た。 1件や2件の報告なら珍しいですむのだが、7件もデータが集まってくると首を傾げざるをえなくなる。
見方に依ってはたった7件のデータである。 しかし共通部分がかなりあった。
サイズはけっして小さくない。
10番から14番である。 全ての報告が一瞬合せが遅れたといって来ている。 そして全ての毛鈎がハックルに共通性を持っていた。
したがって、たった7件のデータと無視するわけにいかないのである。 しかも報告が入って来たのは、ここ2年の内なので、今後益々報告が入ってくる可能性が大きいのである。
ハックルというと、カラーによる分け方と、鳥の種類による分け方があるが、後者の場合随分大雑把な分け方がなされている。
よく使われているのが、レギュラーとスーパー。 多少鳥の種類が分った人が使うのがインディアンとドメスティック。
どちらも、かなり大雑把な分け方である。
ニワトリの種類は、約2000種類ある。 この内登録されているものだけでも、200種類をゆうに超えている。 現在日本に入って来ているハックルだけで、インディアン、バンタム、フィリッピニアン、ゲーム、チャイニーズ、コーチン等々、ニワトリの種類でハックルを分けるなら、最低でもこれくらいには分けてほしい。
さて、9時間も掛けて長野まで出掛けたのは他ならない問題のハックルを作っている本人、小平高久氏に会うためである。 駐車場に車を入れると、本人より先にニワトリが出迎えてくれた。
ゴールデン・ジンジャー、ストローダン、ダンバジャー、毛鈎に関心のある人なら、喉から手の出る程ほしい鳥が、なにげなしに餌をついばんでいる。
挨拶も早々に鳥小屋へと向かう。 中に入ると一斉に騒ぎ出す声と臭いとで一瞬足が止まる。 懐中電灯で照らすと光の中にグリズリーが浮かび上がる。 隣の金綱の中から、金色のコーチンバンタムが首を覗かせている。 彼の話によれば、この小屋は純粋種が入っていてそれぞれを掛け合せることで、狙った色を作っているそうである。 所謂F1、一代雑種を作り出している。 正にバイオテクノロジーそのものである。
従って雛より親の方がはるかに大事である。 親が純粋種であればこそ出来る仕事なので親鳥は数箇所に分散して、更に第二、第三の予備を用意している、とのことだった。
翌日は、彼が手塩に掛けて作ったハックルのテストである。
幾つか峠を越えて北アルプス穂高岳が見える安曇野へと向かった。
天候は晴れ。 気温33度。 雲は遥か上高地の方角に入道雲が掛かっているだけの暑い夏の真昼間。 川は、アルプスの雪が溶けて伏流水となり、この付近で地表に湧きだす典型的な盆地の川。
この水を利用してあちこちでワサビの栽培と、魚の養殖をしている。
水温は湧き水とはいっても、38日間も真夏日が続くこの頃では、けっして冷たいとはいえない。 勿論ライズのかけらもない。 フライで釣るには最悪の条件である。
彼が作ったハックルを、一番初めに認めてくれた人は、彼の仲間以外では、残念ながらフライマンでは無かった。 テンカラ(和式の毛鈎)で釣りをしている人達だった。 理由は、簡単明瞭、只一言、釣れるから。
おそらく今でも、何の話も聞かせられずに、彼のハックルを見せられたら、真先にボツにするだろう。
ひたすら堅いハックルを望んている人は、あまりの柔らかさに幻滅するだろう。 ミッジが巻けなければ、ハックルの値打は無い、と思っている人は、まるで極小の毛がついていないのを見てガッカリするだろう。 多少話を聞かされたとしても、鈎の巻方を聞かなければ、彼のハックルを、完全に使いこなすことは難しいだろう。
それ程彼のハックルは従来の物差しでは計ることが出来ない常識はずれの物だった。 もっとも一度でも、このハックルで巻いた毛鈎で魚を掛けて見ると、今までの常識が如何に作られた話だったということに気がつくのだが。
テストは14番の鈎から始めた。 二度三度流して見ては毛鈎を交換する。 何度目かの鈎で当り鈎を見つけると、同じパターンで鈎を小さくしてゆく。
18番まで交換したところで今度は逆に大きくした。 12番、10番と変えても結果は同じだった。 しかも、10番で魚が釣れ始めると18番はあたりが遠のいた。
今までまことしやかに言われていた常識が、もののみごとにひっくりかえった。
おそらく、この様な条件ならイブニングライズ迄ひたすら待つか、あるいはどうしても釣りたい人は、ティペットを7Xか8X(0.3号位)にし、フライサイズは、当然ミッジの20番、場合によっては見えにくいのを覚悟で、26番の毛鈎で釣り出すことだろう。 そして悪戦苦闘の末ようやく掛けた1匹の話を、ここ数年仲間内に話続けることだろう。 時と共に尾ヒレをつけて
今回長野まで来た目的の一つはこれで達成した。
もう一つの目的は、彼がこれまでにため込んでいる、ハックルに関する膨大なデータを、如何にして整理するかについてアドバイスすることだった。 勿論、私がアドバイスするのだから目的はコンピュータにインプットしてデータ・ベースを作ることにある。
多分、近い将来データ・ベースは完成するだろう。 その後、データ・ベースを整理することで新しい発見が出てくるかもしれない。
さて、残念ながら彼のハックルを入手することは、ここ数年極めて困難である。 彼が納得しないハックルを世に出したがらないのと、親鳥の数が少ないからである。
それでもどうしても彼のハックルが欲しければ、彼の仕事を手伝うことである。 大事なのは純粋種の親を守り続けることである。
この為の組織、ルースターズ・ネックハックル・アソシエーションに参加することである。
勿論大変なことである。 鳥小屋を作り、毎日欠かさす餌をやり野犬やへビから守らなければならない。
魚がフライをくわえている0.2秒間をドラマの幕が開いている時間とすれば、ロッドもラインもハックルも、総てドラマのための舞台装置でしかない。
10年掛けてハックルは完成した。 後はフライマン自身が創るシナリオが残されている。(三浦剛資)
(「北の釣り」1985年12月号 No.42 P84-86掲載)
Copyright (c) 三浦剛資, 1985. All rights reserved.
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