英国やぶにらみ第22話 たかがマッチ、されどマッチ2010/04/22 22:42

日本では通常の生活の中で、現在マッチを購入して使用している家庭はまず見かけなくなっている。 銀行をはじめとして郵便局などの公共機関でさえサービスマッチを用意しており、都会で1日すごして、こまめにマッチを集めてくれば、相当のタバコ飲みでも火種に苦労することはない。

ところが英国では、事情が全く異なり、うっかりして100円ライターを忘れて外に出ると、タバコの火にも事欠く。

まず、銀行などではサービスマッチの習慣がないし、嫌煙思想の定着でタバコ飲みが減少している昨今では、手軽に火の寸借ともいかぬ。

英国ではレストランやホテルでもサービスマッチを用意しているところとなると、一流クラスだけで、中流以下のサービス企業では、まずないと思って間違いない。

したがって、パブやタバコ屋でマッチを買うハメになるのであるが、6~7ペンスの代金を払って手にしたマッチを見て、平均的日本人なら遠い昔の故郷をおもいだす。 経木で作られた函に古色蒼然とした絵柄、ざらざらした擦り紙といった案配である。 1本つけてみると強烈な硫黄の匂いがよぎる。 連中の使い方を見ていると、擦った瞬間一度遠ざけて、硫黄の香をちらす。

マッチの側面にあるこすり板も日本でみかける物より荒く、まるで紙やすりの様で、そのかわり摩擦効果抜群である。 いっきに擦るとマッチの当った分だけ線を描く。

ある日本人に云わせると、大正時代のマッチのごとき代物だそうだ。

反面、英国のタバコ愛好家のうち、葉巻やバイプ専門の人も多いので太軸のマッチは必需品でもある。 紙マッチでは燃焼時間が短くバイプなどの火は1本では着火しない。 ライターもパイプ専用のものであればよいが、通常、炎は垂直に出るのでスムーズな着火はむずかしい。 そのうえ、英国の風土も影響していて、紙マッチはすぐにしけてしまうのだという。

紙マッチについては、それ以外に大きなトラブルが過去にあり、英国人は紙マッチをアメリカンといって蔑む風潮が見られて面白い。 さきの大戦中、そして戦後ヤンキー達が大量の紙マッチを持ちこんだ。 当然英国でも使われたが、ポケットから火事がでるケースが続発したのだ。

前にも述べたが、英国人はチップコインを必ず数個ポケットにしのばせており、コインのギザにマッチがすれて着火してしまう事で、発火しにくいマッチが工夫された時代がある。

日本でも戦後一部に見られたが、アメリカのマッチの中には、靴底でも木製の堺囲いでも、こすれば火がつくマッチがあった。 ヤンキーの兵隊達はラッキーストライクの箱の脇にマッチをさして携行していたが、葉巻やパイプの英国紳士は、マッチはいつでも取り出せる様に、利き腕側のポケットに小銭とともに携行し、ポケットファイアーとなった経緯は、習慣の上でのトラブルであった訳だ。

下半身に火がつく様な危険なマッチはその後、英国から敬遠されたのは当然であるが、マッチを着火しにくい様に工夫していく過程を想像すると、なんとなくジョンブル魂を連想させる。

さらに考察すると、マッチの利用度は英国では非常に多面にわたっている。 英国国鉄の列車のテールランプなども灯抽を使ったランプが最近まで実働していたし、家庭だけではなくホテルやレストランなどの暖炉も、今でもマッチで点火して種火をおこす。 マッチが必需品として今でも幅広く使用されている代表国のひとつと言えよう。

タダで入手出来る日本のマッチであるが、わが日本国において明治以来、最も古い物品税課税品目である事を知っている今の若者は少ないと思う。 現在でもマッチは税財源のひとつである。 なにごとによらず、英国渡来の制度を組み入れた明治政府を思うと、英国でも同様の制度が現存していると推察する。 なぜならば、英国では全てのマッチにおおよそのマッチの本数が箱に表示されており、表示のないものは販売出来ない。

貿易摩擦が各国間に大きな問題になってきている昨今であるが、英国ではマッチまで大量に輸入しており、自国生産だけではまにあわない。 勿論、価格の問題もあるが、高級ホテルなどがサービス用に用意するマッチは、ほとんど英国製品ではないといっても過言でない状況だ。

近年、英国製の紙マッチも増え出したが、ほとんどサービス用で、市販は古色蒼然たる大正マッチで、経木の小箱や紙の箱に太軸のマッチがはいった物が大半で、ホテルやレストランの格式に合った印刷やデザインがほどこされた物を見かけ、良い土産ができたとカバンの偶にほうり込むのであるが、よく見ると、本数表示の脇にJAPANと記されていてがく然とする。 ここまで日本が………と。(荒井利治)

Copyright (c) T.Arai, 1986. All rights reserved.

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://tightlines.asablo.jp/blog/2010/04/22/5036493/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。